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しまいには世の中が真っ赤になった。

米澤穂信『儚い羊たちの祝宴』読書感想

 

儚い羊たちの祝宴 (新潮文庫)

儚い羊たちの祝宴 (新潮文庫)

 

 

2014年、『満願』で丁寧に盛り込まれた毒を世間に広く認知させた米澤穂信の2008年に刊行された短編集。

お気に入りの短編の概要は文末に載せることとして、先ず一言。
ミステリとして読むよりも、ホラーやサイコサスペンスとして読んだ方が作者の味を堪能できる。
ブラックユーモアとしての完成度は上質の一言に尽きるだろう。

結局、一番恐いのは幽霊でもなく人間そのものと言うことだ。そんな本質を突いた題材を米澤流の毒に含ませて、ストレートな黒さを楽しむことが出来るのが本書となっている。
内容のみならず、作者の米澤穂信の甘美な筆から繰り広げられる文章の美的センスが、情景描写の節々における日本語特有の味わい深さを引き出していることも、本書を読むに当たっての楽しみの1つになっていることは間違いないだろう。
本書の語り手は、各篇1人ずつ登場する。その、それぞれが使用人や上流家庭の令嬢といった様子。私たちが知っている世界とは一味違う格式の高く、少し歪な世界がそこには広がっている。
米澤穂信ストーリーテラーとしての技量の高さは言うまでもないが、その確かな技術を垣間見る上で本書は格好の教科書かもしれない。伏線回収の手際の良さは、陳腐な言葉で飾れば芸術的の一言。
最大の見せ所でもあるオチに纏わる最後の一行の破壊力は、まるで落語のような構成の上手さと品の良さ。決して大どんでん返しのようなものではなく、意外性では勝負していない。結末の予想は容易に付くだろう。それを米澤穂信はきっと意図しているのだから。
ただ、それでも、その予想を超える美しき幕切れ。ラスト一行に凝縮された黒い快感は、米澤穂信の真骨頂として形容する他ない。短編ならではのキレの良さを感じるには相応しいはずだ。
五編に共通していることは殺人であり、殺意である。

しかし、その非道な行為が異形な価値観で以て読者の心に語りかける。仄暗く静かな衝撃を囁くように齎す。全編通じて、猟奇的殺人として片付けるには惜しいほどの狂いの美学。その歪んだ世界観と人間心理が、不思議な冷たい居心地の良さを与えてくれるのは気のせいだろうか。
真に恐いのは、人間、その心である。
この異常さに共感はしなくても、理解できるのもまた異様な光景なのかもしれない。不快にならない不気味さを召し上がりたい方には強く推したい。
最後に1つ。

個人的に強く惹かれたのは『玉野五十鈴の誉れ』であった。近年で最も力強く、心に深く爪痕を残すような余韻を感じさせる短編として記憶されるだろう。

人間の執念、そして業の深さ。それらを堪能するには十分すぎる濃度の毒がここにはある。一度染みついた汚れは中々落ちないものでもあるが、それがまたいい。

どす黒い染みを愛そう。