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しまいには世の中が真っ赤になった。

有栖川有栖『ブラジル蝶の謎』読書感想

 

ブラジル蝶の謎 (講談社文庫)

ブラジル蝶の謎 (講談社文庫)

 

 

短編としてのクオリティを示した本作という印象。パズラーに相応しい。全体的に読者への挑戦状がなくとも、火村先生よりも先に真相に辿り着きたいと意気込ませる魅力がある。

表題作の蝶の謎と浦島太郎状態の被害者の絡ませ方は、実に心地よい着地点を示す。更に、蝶を使った誘導も巧みであり、実にパズルとして機能している。無理矢理に国名シリーズの名を付けた訳ではないことを自ら主張するような佳作。

『妄想日記』は暗号モノとして称していいと思うが、ミッシングリンクの意味合いが強い。明かされる謎も興味深く、死体の状況と上手く嵌る。

『彼女か彼か』は題名通りの展開が待っており、倒錯感が堪能できるオーソドックスなミステリ。ただ、教科書通りで終わらせないのが有栖川有栖である。冒頭の蘭ちゃんの語りからの視点で、上手く被害者像を描き、最後の美味しい所を持っていかせる。探偵役はなにも火村だけではないというユニークな趣向が光る。

『鍵』では、誰が殺したのかは明白だが、現場に落ちていた鍵は何の鍵だったのか?というのが最大の謎というもので、その真相は驚愕そのもの。被害者の行動を考えれば、ピタリと符合する。作品の冒頭と終幕で鍵の存在感が変貌する怪作。

『人喰い滝』は、不可能状況に奇想なアイデアで勝負した作品。雪に埋まっていたマッチから導かれる意味をストレートに活かしたという意味ではトリックは他愛もないものだが、シンプルでありながらも変化球的な発想と言えるだろう。

『蝶々がはばたく』はメッセージ性が強く、寂寥感に駆られる密室モノ。35年前に起きたというのがポイントになるのだが、収録作の中で異彩を放つ同作は形容し難い読後感を与えてくれる。作家としての覚悟がここにある。