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しまいには世の中が真っ赤になった。

倉知淳『過ぎ行く風はみどり色』読書感想

 

過ぎ行く風はみどり色 (創元推理文庫)

過ぎ行く風はみどり色 (創元推理文庫)

 

 

傑作。

人を食ったように飄々と生きる猫丸先輩の長編推理小説

法月綸太郎曰く〝天然カー〟というのは思わず膝を打つ巧さがあり、オカルティズムに不可能状況の組み合わせが、本家のカーを彷彿とさせる。オカルト絡みの連続殺人ながら事件自体に暗く壮絶な雰囲気は漂うことなく、作者の倉知淳特有な『ロジック&ユーモア』な筆運びで魅力を引っ張っていく力強さがある。

事件の大枠自体は不可能犯罪がメインでありながら、事件の真相はシンプルの一言に尽きる。降霊会のトリックや毒殺トリックはよく練られている上に、〝傍目八目〟的な要素も欠かさないので、1つの事象が有無を言わさず明かされた際に、連鎖的に犯人像が浮かび上がるカタルシスがある。

それらを根幹として支えているのが、ミスディレクションとして効きつつも、巧妙に張り巡らされていた叙述トリックのバランスがあるからこそ。

その叙述トリックが、混ざり合っていたアリバイトリックを支えることで、不可能状況をシンプルに構築する。

勿論、そのミステリとしての仕掛けが、探偵役の猫丸先輩によって瓦解する様も呼応するかのようにシンプルに力強く崩れるので無理のないもののように思える。

メイントリック自体は、大胆不敵かつ綱渡り的なトリックであるにしても、人物の行動原理や心理描写を考慮すれば、それ相応の説得力がある。

また、細かい部分にもアイデアが組み込まれ ており、独特な空気感の中にも、技巧が光るのは天然なのか作為的なのかは判然としないが、恐ろしいまでの意匠を感じさせる。本家カーのようなおどろおどろしさは皆無であり、やや超然的な趣きが否定できないが、この味わいこそが倉知節だと言えるので、〝天然カー〟というのは正鵠を射てるのだろう。

解決篇以外にも至る所に、登場人物の印象がガラッと変わる仕掛けや記述があるが、猫丸先輩の言うように『それはそれで一面性』でしか無いものである。

何事も多面性を含むことは、宿命的なものと言えるだろうが、読後に爽やかな余韻を齎す本書の『一面性』は絶対的なものである。

文句なしの傑作であり、倉知淳の代名詞と言える作品と言って大袈裟ではないだろう。