フトボル男

「お前どっから来た?」「未来から」

フットサルの魅力と難しさって繋がっている説

フットサルの魅力とは?

 

個人的には「ディティールの細かさ」に尽きます。全体を俯瞰で捉えながらも、細部にもフォーカスを絞るような複雑さ。口で言うのは簡単ですが、この両立って複雑すぎて難しいものです。まるで矛盾を孕んだかのような両面性が、コインの裏表のように対になりながらも、全てが繋がっている地脈の広大さ。マクロ的にもミクロ的にも掘れる素材として、フットサルは魅力が詰まっています。

バスケの田臥勇太が、バスケの楽しさについて訊かれた際に「ボールがバスケットに入る瞬間ですね。あの瞬間に至るまでにオフェンス、ディフェンスともに一連のプレーがあって、それこそディティールから積み重なった部分や準備(田臥はバッシュを履くのに10分ほど費やすルーティンがある。これは足とシューズの完璧なポジションを確認するためで、準備から万全にすることで怪我予防に繋がっていると)があって、それらがあのシーンに集約されている」と答えたのが印象的でしたが、フットサルも似通った面があると思います。どのスポーツもルーティンワークから始まるディティールの追求はあります。プロと呼ばれる方々の細かさは、それこそ想像以上でしょう。フットサルは、コートが狭く常に人に付かれているような状況が続きます。キッチリしたマンツーマン状態ではなくても、ほぼそれに近いシチュエーションが絶え間なく続きます。その中で如何にボールを前に運び、シュートに繋げるか。しっかりと日々のトレーニングから仕込まれていないと、たちまちプレスの餌食になってしまいますし、ボールの前進の基準点も設けられません。それを細部まで構築して実践に移す。その細かさはフットサルの魅力の一つだと思います。

まさにオタク・マニアには堪らないスポーツではないでしょうか。誤解しないで欲しいのが、そういったマイノリティ性で排他的に誘導しようという意図はありません。

 

例えばコーディネーション面だったり、アラがサイドでの対面DFのステップ、リズムを見極めながら抉り込むシーンも「単純に縦に抜けた」と評される部分ですが、ボールの置き方、ステップワーク、他のFPの動き(オフェンス・ディフェンス含めて)が細部に宿っているもので、一つずつの要素を抽出すればするほど潜れるだけの膨大な情報量があり、加えて俯瞰的な観察も必要です。

「前プレ」シーンでも、ラインの位置設定、マンツーマンDFとしての要素だけを抽出するのは簡単ですが、果たしてそれだけなのでしょうか?という疑問もあります。フットサル中継の解説を聞いていても、被前プレの攻撃側の視点が薄れているような気もします。「前プレ」だけに焦点を絞るのみで「プレス破壊」の要素が欲しくなります。ボール前進の仕込みというか仕組みの話。それには両局面での視点を持ち続ける必要があるので、それはとても大変なことです。

一つ一つのプレーに意味を持たせると、ある種のカオスが生まれます。デザインなのか偶発的プレーなのかの見極めが困難になるからです。

細かくて難しいから、プレー分析も大変です。オープニングにおけるシステム表記からシステム論といったものが流動的で解釈する意味を突きつけられたりします。それらが乱立するというかカオスの状態に陥る原因だと思います。俯瞰で捉える中で、システム表記は共通言語になりやすいからです。しかし、フットサルは物凄く流動的です。その解釈が適切なのかも視点によって変わります。前述のように細部を覗けば覗くほど、全てに意味を持たせることもできます。その成否はともかくとして、後付けの論理になりやすいのは避けられません。

これだけ複雑だと難しくなります。それを簡単に伝えるのはもっと難しいものです。文章だけでの伝達能力としての限界も感じます。そこから、選手や監督のインタビューから各々が紐解くみたいな感じになります。書き手としては、それだけでは淡白な記事になってしまうのでドラマを乗せて物語としても読めるようにアレンジして発信するのがベターとなっています。でも、シーズン中なので正直に語れない部分もありますので、読み手は仮説を立てるしかありません。そこのスクラップ&ビルドの繰り返しになりますが、でも答えは?となります。分からないまま暗中模索を続けることになります。長いシーズンで、チームは問題点を突き付けられて改善を求められます。その改善へのプロセス、具体的な事象へのアンサーは、私のような新規層に明快になるものかな?と思ったりします。それを漁っていくものとして動画解説があります。フットサルは動画解説と相性が良いです。誰かしらが一つの指針を示すことが必要で、在原正明さんや村松裕樹さんなどがツイッターで発信しています。興味ある人は是非。

 

日本代表戦を経てサッカーの戦術論の需要が話題になりました。

VICTORYといった素晴らしいメディアからの供給があってこその議論だと思いますが、潜在的に興味を持っている人はいることが多少なりとも可視化されたようです。需要と供給の話ですが、戦術を知ることは「何でこうなったのか?」という疑問を解消してくれる助けになるものですから。

個人的には、フットサルもそういう記事が読みたいです。どうしてもFリーグの集客ばかりに目が行きます。試合だけのコンテンツ力の限界というか、それ以外の重要性への提言といった具合に。そんな風なことを以前書いた私が言うのもアレですが、私のような新規層だけではなく、マニアにはマニア用のものがあって良いと思います。勿論、新規からマニアへの入り口も兼ねたようなものです。ビジネスだから新規の取り込みは大事です。でも、今のファンがより満足できるような環境も大事だと思います。そういう意味では、フットサル関連の公的な雑誌ってフットサルナビしかありません。それ以外はネットから拾うしか無いです。それでも情報が不足しているような気がします。

これってフットサルがマイナースポーツという側面が働いている一方で、複雑なスポーツ性が関わっていると思います。

個人的にはシュライカー大阪の不振について濃密に書かれている記事が読みたいなと。昨季との違いとか。「相手が対応してきた」と書かれても「どんな風に対応されているのか」が抜け陥り易いものです。

でも、それを表現するのは難しいものです。文脈を掴む話になります。けれどデザイン性の文脈なの?偶発的エラーじゃないの?って。それらを含めたマッチアップの質的優位とポジション的優位が一瞬発生するシーンだけではなく、枠としての話も必要になります。

シュライカー大阪の木暮監督が、チョンブリ戦を自ら解説した時に「チョンブリのゾーンDFからのカウンターは鋭い。相手のゾーンDFの崩し方は慣れているが、マンツーマンDFにはあまり慣れていないと思って、前プレからショートカウンターを仕掛けて先制することでカウンターを封じたい」

この明快な受け答えは痺れました。

相手チームスタイルを観察して、自軍の戦略にフィードバックした作業をシンプルに言語化。これを単純に「シュライカー大阪は前プレから入った」だけで良いのかという話です。とても勿体無い気がします。でも、これって私のような新規層だけで掘れるものではないと思います。そのためには解説としての情報が必要不可欠です。

しかし、大きな満足感があるとは言い難いのが現状です。

Fリーグの中継に度々発信される選手に関する薀蓄。選手に興味を持って貰うことは大事ですが、試合観戦中は試合にフォーカスして欲しいのが個人的な意見です。試合以外の場でその情報にアクセスする層が果たしてどれだけいるのかという話になるので、最も人が集まる試合中に挿むしかないのも分かりますが。

結局、試合が面白ければ良いと思います。選手から入る人もいるでしょうし、試合から選手に入る人もいるでしょう。それって単純化できないものですが、試合の見方への提示が甘い部分をトリビアで埋めるようなものではないでしょうか。試合以外のことについて語ることで緩さを演出するものの、試合の解説が曖昧になるのは本末転倒だと思ってしまいます。ただ、それだけ試合の見方を提供するのが難しいということでしょう。そういうのを期待して観ている層にとっては肩透かしの部分もあります。特に私のような新規層には「フットサル沼」に骨の髄まで浸かりたい環境作りのための情報が欲しいのです。だから、試合解説以外での情報のアクセスが必要になりますが、それを養うような記事の供給が少ないのです。そして、上記のように文章だけの限界、フットサルの複雑性が繋がってきます。

そこで動画解説ですが、個人レベルだけではなく、動画解説の公的なメディアという場が求められますが、果たしてどれだけの人間がアクセスするのかという問題を孕んでいます。文章よりも動画は明快です。しかし、文章では読み手のスピードに委ねられますが、動画の場合は固定の時間を取ります。

これだけ消費が高速化している社会です。音楽にしても、MUSEのベーシストのクリス・ウォルステンホルムが

「>業界は、僕らが始めたころ、間違いなく、僕らが1stをリリースしたときとは劇的に変わった。さらにこの5、6年でストリーミングが主流となり、音楽の聴き方に影響を与えている。僕らが若いときとは違い、人々はアルバム全体を聴くことに情熱を持たなくなった。業界や音楽を聴くプラットフォームは、個々の曲を聴き、独自のプレイリストを作るっていう人々の欲求に応じているように見える」

 

 とコメントしていました。アーティストが制作したアルバムよりも、聴き手のオリジナルティ満載なベストアルバム的なキラーチューンだらけに囲まれる状態を作るのが理想となっています。アルバム全体を味わうよりも「ハマらない曲」を端折るように、音楽の聴き方でさえ高速化しているくらいです。

動画解説の多少の時間でさえも焦れる人はいるでしょう。試合外の(試合観戦に直結していきますが)戦術的コンテンツをリサーチする人はどれだけいるのでしょうか。それならば、共通の固定の時間というのが試合中継だったりするのですが、そこだけでは不足している現状です。フットサルというスポーツの細かさが、試合の見方を提示する難しさに繋がって、ジレンマとなっています。

 

フットサルは面白いです。

最初はサッカーの勉強を兼ねて、言ってしまえば延長として入りました。

そして魅了されました。今ではフットサルのファンです。

こんなに面白いフットサルを伝える難しさが、そのままフットサルの魅力になっているというのは奇妙な話です。色々と不満を書きましたが、この良い意味での面倒臭さ。それ込みで愛せてしまうのが魅力だと思ってしまうのはおかしいでしょうか。