山口つばさ『ブルーピリオド』が描く共感と体験
政夫:山口つばさの『ブルーピリオド』っていう漫画がありまして。これ、去年くらいから友人にオススメされていて。この『ブルーピリオド』が『桐島、部活やめるってよ』のアンチテーゼなんですよね。
ろこ:おー、大きく出たな。
政夫:どういう話なのかというと「好きなものを好きというのは滅茶苦茶怖い」という、「才能」や「努力」の壁みたいなのってあるあるじゃないですか。そこに退屈な日常性があって、なんで退屈なのかというと目標が無いから。目標がある人間=夢がある人間は輝いているように見えるじゃないですか。
ろこ:間違いないね。
政夫:夢ある人間輝いている説から夢追い人最高宗教みたいな、もう夢あることが宗教になっている感じもありませんか。
ろこ:あるあるだね。
政夫:夢追い人がキラキラしていて、それに対してコンプレックスを抱いて打ちひしがれてしまったのが、僕の中では『セッション』や『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼルという認識で。
この『ブルーピリオド』は目標が無い・夢が無い高校二年生のスクールカースト上位のDQNが主人公なんです。喫煙したり酒飲んだりしているけど、勉強はできる。なぜ勉強ができるかというと、みんなが遊んでいる間にこいつ影で滅茶苦茶勉強しているから。で、この話が、さっきも言ったように「好きなものを好きというのは恐い」んだよと。なぜかというと、好きというのは情熱の塊で、それに費やしたコストや時間によってプライドが形成されていくから。そこに損得勘定が入って来ると、「こんなの意味があるのかよ」や「何のためにやったんだよ」や「誰のために」というメリットやデメリットを考えると、好きであることを続けるのは実は滅茶苦茶難しくなっていく。
それに加えて、自分より凄い人なんて外に出ればめちゃめちゃいるよと。そういう人たちに会うと萎えちゃう。キツイし、好きだからこそシンドイ。つまり不安です。
『ブルーピリオド』が描いているのは「好きなものがあるのは幸せなんだけど不安でもある」という感覚。それをどれだけ「共感」として物語に組み込めるのか。
可能性や未来というものが閉じていく、進路選択の高校2年生、そこには大人の意見と子どもの意見の対比があって、大人の意見は「絵を描くのは趣味程度でいいんじゃない。働きながらでも出来るんだし」だとするなら、子どもの意見は「心身ともに骨を埋める覚悟で熱中して欲しい。損得とか抜きにして」となる。
でも実際、損得抜きにするのって難しいじゃないですか。
ろこ:うん。
政夫:実際、主人公は打算的で、周りのDQNたちとオールしていても「こいつらといるのは心地いいんだけど、心底ノレナイ自分もいる」と客観視している描写があって、基本的にこの主人公は熱くなれない系なんですよね。その主人公が、美術部の先輩が描いた絵に心を持っていかれてしまうところから、絵を描き始めて大学受験を美大とかにするんですよ。という漫画なんです。
で、『桐島、部活やめるってよ』は「何も持っていない、あるいは何か持っていたかもしれないけど、何もない自分を自覚していく」という閉じていく話だったじゃないですか。
ろこ:うん、そうだね。
政夫:それに対して『ブルーピリオド』は今まで熱くなれるものがなかったスクールカースト上位のDQNがようやく心の底の奥から熱くなれるものを見付けたという、今まで彼に絵を描くというオプションが無かったんですよね。無かった可能性が生まれる瞬間、それによって自分の世界が広がっていく。
美術部というちょっと根暗なコミュニティにDQNの彼が所属することで、科学反応が起きるといいますか、そこでの承認と成長が描かれていくんです。
「なんか好きなものを見付けたかも=熱くなれるもの」で、この共感を描きながらどのように具体化させていく流れになっていくかというと、主人公含むDQNたちがオールしている時にサッカー日本代表の試合を観ている描写があるんです。日本がゴールを決めて「ウォォォォ!!」と盛り上がるじゃないですか。
ろこ:うん。
政夫:ゴールを決めたからみんな酒を飲もうぜワイワイやるみたいなシーンがあるんですけど、ある日、主人公が、彼は客観視しているので「この感動は俺のものなのか?」という疑問を抱くんですよ。
日本代表がゴールを決めたから、ウォォォ!!嬉しい!という感情。
でもこの感情って俺のものなのか?と。
ろこ:はいはいはいはい。
政夫:「俺なにもしてないんじゃん。テレビの前でゴールシーンを見て酒飲んで俺なにもしてないんじゃん」って。
ろこ:アイデンティティだなー。
政夫:そこから主人公は「体験」に入っていくんですよね。
だから、この漫画が描いているのは「共感」と「体験」です。
「体験」というのは絵を描くこと、本気で美術を学んでいく主人公。そこには努力と才能がしっかり書かれていて、大学受験や就職などの進路選択で、持っていたであろう何かが閉じていく年齢=高校2年生なのに、それに対して全く新しいとろこから道が拓けてきた主人公がどう歩んでいくのか…というのが2巻以降になっていくと思うんですよね。
ろこ:まだ続いているんだろ?
政夫:続いていますよ。
僕がなんでこの話をしたのかというと、この後、ろこさんに話してもらう大長編スペクタクルな話の前振りとして「共感と体験」を話したかったから。
「好きなものというのは恐いんだよ」と。僕らがこういうラジオ配信をやっているのって、お互いに共感してアンテナとかがマッチしたから、その共感する何かを外に発信する体験をしていますよね。
ろこ:アウトプットしているよね。
政夫:ツイッターなどのネットでも「この人凄いな」っていう人いるじゃないですか。そんな人らと気軽に遣り取り出来ても、そこから具体的にコミュニティやオンラインサロンなどに入っていくと、より体験(刺激)が具体化していくと思うけど、そこで体験しているだけじゃダメで。
この共感と体験を具体化していく、肌感覚としてやるためには行動しないといけないよねって。「中」に居るだけじゃなくて、「外」にもという意味で。
それが僕たちが考えた末が、このラジオ配信だったりするんですけど。
※この記事は7月に行われた配信の一部文字起こしです。
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