フトボル男

可哀相じゃない!

おおたまラジオ#3-1『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』を語る

政夫:DM来てビックリしたんですけど、『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』を観ているらしいですね。

 

ろこ:それは3話まで観たよ。面白くて。政夫くん観ているかなって。

 

政夫:マジでビックリしましたよ。なんで、ろこさんが『青ブタ』観てんのって。だって『青ブタ』ってオタクアニメですよ。

 

ろこ:でも、話されているよね。地上でも(笑)。人から勧められたもの。

 

政夫:情報を整理すると、ろこさんが知り合いから、まずろこさんが映画『一週間フレンズ』を観て、それからそれと同じぽいよということでオススメされたのが『青ブタ』だったということですよね。

 

ろこ:同じというか、似ているというか。

 

政夫:『一週間フレンズ』と『青ブタ』ってどこが似ていると…

 

ろこ:ジャンルの話じゃないの。学園モノとして。

 

政夫:広いですね!枠組みが広い。メールの内容が『一週間フレンズ』観て超つまらなかったけど…って。

 

ろこ:(笑)

 

政夫:知り合いから似ているよと観始めたのが『青ブタ』という記憶なんですけど。

 

ろこ:知り合いによれば、秋アニメ一位が『青ブタ』だったらしいから。

 

政夫:顔も名前も存じ上げないからひたすらアレなんですけど、めっちゃオタクですね(笑)『青ブタ』好みって言っているのオタクですよ。

メールが来てから『一週間フレンズ』と『青ブタ』が似てるってことについてマジで2日間くらい考えて…え、どこが似ているんだろうって。

 

ろこ:(笑)

 

政夫:どうしても考え付くのは、『一週間フレンズ』というのは一週間しか記憶がもたない藤宮さんというヒロインと男の子の友達以上恋人未満みたいな話。

『青ブタ』の1話~3話はバニーガールの桜島先輩が透明化していて。思春期症候群の透明化現象が起きていて、世界中の誰もが私の事を認知しなくなっても君は私の事を憶えてくれている?忘れないでね、という部分ですよね。承認機能として、似ているのって。

要するに、その部分だけ切り取れば、男側からすればあわよくばとか下心(宇野常寛のいうレイプ・ファンタジー的なもの)があるんですよ。

 

ろこ:俺が観たのは実写映画なんだけど。

 

政夫:アニメ版もそうですよ。下心が不純だとかは思わないですよ。真っ当な動機だと思うんで。自分の気になっている人間に対して、「忘れないでね」と言われたら「忘れないさ」と返したい気持ちは不純というよりも正直ですもんね。

で、『一週間フレンズ』はヒロインが忘れちゃうと。なんで忘れちゃうんだろうという葛藤の繰り返しで、恋を寄せている主人公はめげずにアピールしているみたいな。そんなガツガツはしないでね。

 

ろこ:終わり方としてはバッドエンド的で。終幕までの流れが淡々としているのよ。映画的に。

で、何の意味があったの?って。何も残らないというかね。最初、設定だけ出して…演出の問題なのかな。

 

政夫:あれは、時の忘却性というか暴力性ですよね。自分だけは覚えいてるのに他人は忘れてしまっているという寂しさ。自分にとっては特別な事なのに他人と特別として共有できていない時の気恥ずかしさや怒りや虚しさが通り過ぎていく。それでも乗り越えて、その人と一緒にいたいという理由や自分を内省的に見つめ直していく過程で、なぜ彼女のことが気になるのだろうとか。

結局、恋愛なんですけど、『青ブタ』はニヒルな性格をしていて。『一週間』は爽やか。その辺のキャラの違いはあるにしても、『青ブタ』なら透明化現象、『一週間』なら一週間限定の記憶にしても、男の方が不遇なんですよ。両作品の彼女たちには各々の葛藤があるんですが、基本的には作品は男目線ですよね。

『青ブタ』の作中で言及されていましたが、世界中で誰か一人でも自分のことを承認してくれる存在がいれば自分は救われる発言ですよね。自分が、この人だけには承認されていれば自分という存在は確立できるんだという。

結局、それなんですよ『一週間フレンズ』も。そのボタンの掛け違いが面白いところであり、時の忘却性が承認機能への障害として設定されていて、一方で『青ブタ』は透明化現象によって好きな人との距離が遠くなり、最終的に忘れたくない人忘れちゃ駄目な人を忘れてしまったわけですよね。

その時の桜島先輩の孤独ってのが描かれていない訳ですが、描かれていないからこそ逆に読み解けるものってあるじゃないですか。桜島先輩が消えちゃいますよね。見えなくなっちゃいますよね。梓川が眠っちゃったから。

 

ろこ:テスト勉強中にね。

 

政夫:桜島先輩を認知できなくなった。梓川桜島先輩のいない日常が平然と繰り広げられているんですけど、桜島先輩という存在に対するノイズは全く入らない。桜島先輩を知らない自分がそのまま日常的に描かれている中で、そのような視点の描き方をすれば、反対側に目を向ければ居ないけどかつて居た人の不在、居ないと言う風に描かれているけど、そこには居るんですよ。透明化しているだけで。

その桜島先輩の孤独たるやは本編では描かれていないですけど、物凄く濃密に語ってくれるじゃないですか。逆に。

 

ろこ:意味の話か。

 

政夫:桜島先輩の直接的なモノローグはないんですよ。透明化しているから。敢えて本編で言わないことで描かないことで、本編以上にこちらに語りかけてくるのは桜島先輩の孤独なんですよね。その孤独に結びついたのが、自分自身が芸能人でちょっと疲れちゃったと。日常に溶け込むんだけど、「あの桜島先輩だ」という風に異物的なんですよね。腫れ物的に扱われるから。

 

ろこ:そこ気になったんだよね。

 

政夫:そこを観ているんだけど、観ていないフリをしていて「空気」を醸成して、透明化に繋がった。その透明化に繋がったのは、桜島先輩自体の態度も直結しているわけじゃないですか。「私のことを誰も知らない世界に行きたい」みたいな。だから「普通」の女子高生をやっているわけじゃないですか。芸能界を休養して。

それによって芸能人桜島麻衣というアイデンティティが、芸能界からフェードアウトすることで一本の柱を失ったようなもので、周りからすれば元・芸能人だとか今も現在形で芸能人だろうが、桜島先輩は桜島先輩なんですよ。

だからこそ、ちょっと距離感を取ると。みんなが暗黙の了解で距離を取った結果、桜島先輩が意図したのとは行き過ぎた現象として、思春期症候群の透明化になってしまったというのが1~3話ですよね。

 

ろこ:3話の「空気」を打ち破る主人公のシーンがね。

 

政夫:校庭のシーンですね。『青ブタ』って僕のイメージだと、ちょっと古いんですよね。

 

ろこ:そうなの?

 

政夫:『青ブタ』がやっていることはゼロ年代ぽいんですよ。ゼロ年代ぽいんだけど、キャラの造形はテン年代ぽい。

 

ろこ:その辺が…ゼロ年代の再復習というかね。

 

政夫:この辺を話を始めると凄く長くなっちゃうからザックリですが、『青ブタ』って『涼宮ハルヒの憂鬱』と『物語シリーズ』とテン年代ですが『俺ガイル』の流れの合わせ技なのかなって。あの「空気」を読むというのはキーワードじゃないですか。

 

ろこ:俺は凄い良かったと思う。そこが、学校自体がそういう空間だから。

 

政夫:そこがゼロ年代ぽいんですよ。ゼロ年代は学校という空気が檻だったんですよ。

 

ろこ:箱庭か。

 

政夫:そうです。ゼロ年代は学校が空気であり、箱庭だったんですけど、テン年代になると『宇宙よりも遠い場所』のように学校の外に出ちゃうんですよ。南極行っちゃうんですよ。あれは「新世界」的なんですよね。

 

ろこ:おー。

 

政夫:ゼロ年代は新世界に行けないんですよ(『デスノート』の夜神月は新世界に行けなかった)。南極行けないんです絶対。…という理解でいいです。凄いザックリだけど、ゼロ年代は学校の外に出られないイメージです。

なぜかというと、学校の中のコミュニケーションで十分に成立していたんですよ。学校と駅と自宅と周辺のスタバやファミレスだけでコミュニケーションが成立していたんですよ。

 

ろこ:『一週間フレンズ』が刺さらなかったのはそこなんだよね。ひたすらその中で消費して、全く何をやっているのか見えてこなかったんだよね。

 

政夫:学園モノというのは本当に狭い話なんですよ。スケールが小さいんですよ。その従来の箱庭要素にSF要素を足したのが『ハルヒ』で、作者の谷川流はミステリが好きでミステリ要素もあったりするんですけど、『青ブタ』はその影響を受けているのかなって。

 

ろこ:アップデートという意味で?

 

政夫:違いますね。主人公のニヒルな距離感が『ハルヒ』のキョンや『俺ガイル』の八幡などに通じる韜晦な語りとして。

 

ろこ:ニヒルというのは、冷笑的なイメージ?

 

政夫:皮肉好きとか。その辺の主人公像は、インターネット以前のオタクの語り口はシニカルだった、というのが僕のイメージで、文献とか漁った感じだと。

80年代のオタクはシニカルなんですよ。無理矢理話を繋げるなら、村上春樹ですよ。初期4部作(60年代以降を描いた作品群)とか、おおたまラジオ第1.8回で話しましたが、資本主義に対する警鐘だったり、全共闘世代の彼らが敗れたわけじゃないですか。革命が成し遂げられなかった。手段としてバリケードやデモだったが、それがどんどん過激になっていき、最終的には連合赤軍あさま山荘になっていく。内ゲバで身内でのリンチがあったり。

本来、システム側にパワーをぶつけないといけなかったのが、ぶつけきれずにそのパワーを持て余し、自分たちの方に行使してしまったというのがあの辺の世代の敗北の歴史ですよね。その敗北を知ってしまっているが故に、そんな熱いことにコミットメントできないよ、と一歩距離を取ってニヒルな態度(クール的)をしているのが春樹たちの語り口ですよ。

 

ろこ:なるほどね。

 

政夫:インターネット以後の語り口は、その辺とあまり変わっていないんですが、実は滅茶苦茶ハートは熱いというところ。

 

ろこ:まさに『青ブタ』の梓川は。

 

政夫:そうなんですよ。だからテン年代ぽいんです。朝井リョウ西加奈子の話(おおたまラジオ第1.8回)を以前しましたが、彼らが描く主人公ってのはどいつもこいつもいけ好かないんですよ。

 

ろこ:(笑)

 

政夫:春樹たちが描いてきたいけ好かなさにも通じるんですが、最終的に違うのは西加奈子朝井リョウが描いている主人公たちはしっぺ返しを食らうことでボロボロに擦り切れるんですよ。みっともなさや惨めさを振り撒き散らしながらも最終的に足掻いて足掻いて立ち直って一歩前に進んで終わるタイプ。

で、『青ブタ』の3話はそれに近い。テン年代的な解決だなって。

あの学園の「空気」というのはゼロ年代ぽいんですよ。なぜ「空気」がゼロ年代ぽいかというと、「KY」というクソみたいな言葉が流行ったのがゼロ年代だったから。僕たちが中高生の時ですよ。

 

ろこ:懐かしい。

 

政夫:「二娘一」とかもあったじゃないですか。あれも「KY」とは真逆のベクトルなのに結構グロテスクですよね。他人、みんなと共有する仲良しアピール。二者間同士で示し合せればいいだけなのに、わざわざ他者を経由する必要性。あれも一種の「空気」を読むのみたいなものじゃないですか。二者間同士でも空気を読み、仲良しぶってる、本当に仲良いのかどうかは分かりませんが(笑)

それを周りにアピールする「私たち二娘一だから。よろしく」みたいな、空気を察してとか。だから、KYも二娘一も流行った理由には似たようなものがあるんだろうなって。

で、『青ブタ』がエグイのはLINEがあるんですよ。僕らが中高生の時には無かったんですよ、LINEが。誰々がオススメしてくれた動画を観ないと話に入っていけないんですよ今は。

 

ろこ:(笑)

 

政夫:学校にいなくてもデバイスの前で空気を読まないといけないんですよ。

 

ろこ:地獄やな。

 

政夫:いやー地獄ですね。常々思うのは僕の学生時代にSNSとかなくて良かったって。

『青ブタ』だと梓川の妹ちゃんがその被害を受けたという設定ですよね。既読スルーした結果、思春期症候群になったという。

 

ろこ:ん?

 

政夫:何話まで観たんですか。

 

ろこ:3話まで。

 

政夫:え、6話まで観ていないんですか。今日、6話までの話をする予定だったのに。ちなみにろこさんに言っておくと、僕の感覚だと4~6話の方が面白いと思っていて。桜島先輩のパートはそんなにライドできなかったです。後輩の古賀朋絵パートの方がめっちゃ好きですね。

 

ろこ:ラプラスの悪魔のかな。

 

政夫:観て下さいよ(笑)5話と6話の演出が神でした。いや、5話と6話の話できないのはキツイわ…。だって1話~3話ってそんなに話すことないですもん。

 

ろこ:俺が引っ掛かったのは「空気」と…

 

政夫:「空気」が醸成されていく過程はある程度クリアじゃないですか。その大半はネットだったり、実際の教室の雰囲気だとか。

『青ブタ』の特徴としてモブキャラめっちゃ多いですよね。江ノ電に乗っている時に梓川と同じ高校の生徒がめっちゃ乗っている描写。あれはモブキャラだから「空気」の一部であり、その一部が「空気」を作っているわけですよ。

 

ろこ:そうだね。

 

政夫:だからモブキャラを描かないといけないんですよ。あの作品では絶対に。一部であり、全体でもあることを示す必要性があるから。

LINEとかのコミュニケーションは4話以降なんですけど…。そういう意味ではろこさんが「空気」の文脈で刺さったなら、4話以降を絶対観ないといけない!

 

ろこ:(笑)

 

政夫:桜島先輩の「空気」との闘いはまた別のベクトルなんですよね。「空気のようにならないといけない」が透明化現象の要因なんですよね。

4話~6話がやっているのは空気を読まないと皆からはじき出される恐怖心、つまり一般的なKYと同じですよ。

桜島先輩は芸能人だからスペシャルなんですよ。今は芸能界から距離を取っているからスペシャルじゃないのかもしれないけど。

 

ろこ:そう。日常に日常的なものをどう接続して面白がれるかみたいな話はラジオ論でやりたいよね。また今度。

 

政夫:『青ブタ』は西尾維新の『物語シーズ』ぽいんですよね。作品の構造的に。作品の「ゲーム設定」を述べた後に、意中の相手を落とし、良い感じになっていく――正妻ポジションになる。ギャルゲーってあるじゃないですか。

 

ろこ:あるのは分かる(笑)

 

政夫:アドベンチャーゲームの一種で、主人公が何人ものの女性とハーレム形成しながら最終的に誰かを選択していく構造なんですよ。『物語シリーズ』や『青ブタ』がやっているのって一見ハーレムぽいんだけど、正確にはハーレムに突入する前に正妻を見付けちゃうところ(詳細は東浩紀の著作や『SAO』を参照)。

梓川は男の友達少ないですし(阿良々木暦に至っては同性の友達いない)、ヒロイン候補がどんどん出てくるんですよギャルゲー的に。でも、既にパートナー=桜島先輩がいるので揺らがないんですよ。各ヒロインの配置やアンチギャルゲー的構造として。

あとは、適度に説教臭いですよね。ニヒルで冷めちゃっている子が実はめちゃくちゃ熱いというのは、西尾維新のみならず、さっき出てきましたが朝井リョウやインターネット以後のオタクとか、シニカルなんだけど自分の好きなものを喋る時はめちゃくちゃ熱いみたいな語り…ずっとやっているのはシニカルな態度が、知的な態度であることは嘘なんですよね。批判していれば頭よく見えるの嘘じゃないですか。それだったらずっと批判する側に回れば超楽じゃないですか。もうそれは思考停止でバカですよ(笑)

 

ろこ:(笑)

 

政夫:批判するにしてもどうやって知的な態度を取れるかは、各々の能力次第なんですが。ただ批判している態度やシニカルな態度=知的というのは嘘なので、そのシニカルな態度のメッキが剥がれた時に、どういう姿が現れるのかというと、朝井リョウ西加奈子、『青ブタ』でいえば3話の梓川の告白シーンの曝け出し方ですよね。

忘れちゃ駄目な人を忘れてしまった自分への後悔だったり、そういうのを払拭するために今叫ばなければならないのが、あの3話だと思うんですが。

 

 

政夫:僕はあらすじに重点を置いていないですね。物語上なぞった結果の方が大事。

『青ブタ』でいえば透明化現象vs「空気」。空気になりたい人間の心理は孤独的であったと思うし、桜島先輩は寂しかったと思うんです。梓川に認知されなかった時間というのは描かれていないんですけど、浮かび上がってくる桜島先輩の孤独。そこから見える、異常というか異物なんですよね、芸能人が学校に紛れ込んでいる時点で。

その異物が、異物じゃなくなる、日常化していく過程にどういう取捨選択があって感情の整理や処理があって、その結果「空気」が醸成される時に自分の中でどう受け容れていくのかどうか。自分との向き合い方とかね。

そんな状況下、約束してくれた年下の男の子の存在だけで、かなり救われているわけですよ。それは梓川も同様で。自分が好きな相手に承認されたら、他人にどう思われようがどうでもいいという境地に至るまで、『青ブタ』の1話~3話はそれを愛の力で乗り越えた話なんですけど、簡単にいえば。

愛以前の承認機能や人間の尊厳や自立するための、存在的なものを確立していくためにはどういう心の作用が必要なのかを表現していたわけで、そこからどう感じ取るかは自由ですけど。
結局、バニーガールとかどうでもいいんですよ(笑)


ろこ:(笑)見た目のインパクトは大事。


政夫:タイトルがね。


ろこ:タイトル回収はしたよね。政夫君の捉えたい部分を抽出して、自分の持っている何かと接続して、作品よりも一歩先を――


政夫:どうか分からないですが、どれくらい上手く行っているかは置いといて、桜島先輩の透明化現象をなんで今描いたのか。芸能人にもオン/オフがあるんですよ。そのオン/オフが見えなくなっているんですよ。SNSとかで。距離感が掴めないです。インターネットで、常時繋がりっぱなしだから。


ろこ:可視化できるということか。


政夫:そんな今だからこそ距離を取りたいなって人の心理(透明になりたい)として桜島先輩が描かれている理由かなって。それが学校の外でも当たり前のように24時間続いてしまっている。教室という空間が拡張されて、家の中にでも入ってくる気持ち悪さという感覚が当たり前になっていて、今の若い子たちの感覚が分かる気がする。


ろこ:だいぶ面白い話だな。

 

※11月に配信した音声を一部文字起こししたものです。

 

 

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