おおたまラジオ

可哀相じゃない!

SNSとクラスタ化に伴うフィルターバブルについて

政夫:ポッドキャスト、地味に更新しているじゃないですか。

 

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ろこ:はいはい。

 

政夫:第7回のスロウハイツの回をちまちまと更新している(笑)

で、僕のおおたまラジオツイッターアカウントでは、ろこさんがポッドキャスト化したリンクをツイートしてお知らせしているんですけど、なんで、ろこさん自身は更新したことを言わないのかが疑問で。それはポッドキャストというのは得てして自分から行くもんではない。プッシュするものではなく、相手から来て貰うという。ポッドキャスト界の不文律とでもいうんですか。

 

ろこ:不文律(笑)

 

政夫:暗黙の了解?相手に選んできて貰う。こっちは、選ばれる側であって、選ばれる待ちみたいな。凄い受動的ですよね。更新スタイルが。

 

ろこ:それはそうだよね。

 

政夫:それは何故?別にプッシュしてもいいじゃん。働きかけてもいいじゃん。

 

ろこ:それは間違いないんだけど。

 

政夫:それは、クールだとか気取っているわけでもないですよね(笑)

 

ろこ:そんなことはないよ(笑)こんな弱小番組で。やるよ。言われたら。やるけど。

 

政夫:僕より、ろこさんの方がポッドキャストに詳しいから…

 

ろこ:Youtube的なんだって。チャンネル登録したら通知が来るんでしょ。ポッドキャストも一緒で、番組のホームページがあって、購読をクリックしたら自動で更新されていくというか。

 

政夫:それは分かるんですよ。Youtubeもそうだし、ニコ生やツイキャスもそうですよね。大体そういう形なんですけど、なんで加入して貰うように働きかけないのかという話なんですよ。

 

ろこ:逃がさんね、本当に。

 

政夫:クール気取っているんですか(笑)

 

ろこ:(笑)

 

政夫:不文律とか言いましたけど、僕は実際分かっていないので、ただ、ろこさんから聞いた感じだと、ポッドキャストというのはこちらから働きかけるもんじゃねーんだと言っているわけじゃないですか。それを鵜呑みにするわけですよ。ろくにポッドキャストに触れてきていない人間からすると。

なぜ、そうなってしまうのか?と。あんなに細かく編集して、時間やコストが掛かっているのに、なんでそれを誰にも言わずにこっそりとやり続けるのかなって。誰を待っているの?って。

 

ろこ:(笑)

 

政夫:ポッドキャストの受動的な態度ですよね。ただ、それだけって難しくない?と。

 

ろこ:システムというか細かい問題になるから、クールとかではないんだけど。

 

政夫:それは購読という機能ではホームページという限定的なものだったのに対して、今やSNSといったオープンで半ばクローズドな部分があるサービスに普通に流通しているのに、なんでそれに乗っけないのかなというのが疑問なんですよ。

ポッドキャストのルールは分かる(購読のシステムを指しています)。ただSNSを併用しないのは分からないというだけで(笑)

 

ろこ:ページを貼って、そこに飛んでくださいというのも、なんか違うのよ。聴いている人からすれば。ちゃんとiTunesにリンクを貼れば宣伝活動に入ると思うんだけど、それをやれという感じなのかな。確かにやっていないけど。

 

政夫:そういう話ではないですね。そこまで込み入った話ではなく、ポッドキャストの宣伝戦略とかではなく、単純にツイートとかすればいいのにって。そこだけです。ろこさんは一手二手先の話をしているんですよ。もっと初歩的な話です(笑)

 

ろこ:別に、俺のアカウントで、フォローしている方には申し訳ないけど、極僅かじゃないですか。彼らに宣伝しても…というのはありますね。

 

政夫:でも、える・ろこというアカウントが気になっているからフォローしているわけですよね。

 

ろこ:…うん。

 

政夫:もしかして、フォロワーを買っているんですか?

 

ろこ:ちょっと昔にね。

 

政夫:(笑)気になっているなら、そこから入るという。こちらから可能性を閉ざす必要性もなくないですか?常に可能性は開かれている。

 

ろこ:分かりました。やります。やります。

 

政夫:(笑)そこからツイートしたとて、飛んで聴いてくれるかどうかは別の問題というのは分かります。そりゃあね。抱えているフォロワー全般に届けと思っているわけでもないし。そういうものではないじゃないですか。宣伝ツイートに限らず、単なるツイートでも、例えばフォロワー1000人いても、10000人いても、「腹減った」とツイートしたとするじゃないですか。それは一万人に見られているかもと想定するかしないかは、個人の裁量なんですけど、想定したとしてもフォロワー全員がそれを見ているかどうかは別の話。

 

ろこ:人によるよね。

 

政夫:それはタイムラインというもので流れていくものだから。ツイログというサービスがあるから、ツイッターはログ化しますし、一応ミニブログという位置付けであるにしても、流れていくものなんですよね。流動的なものだから、そこを常に誰々の目線や何人の目線というのが差し込んでこない程の流動性が、それぞれのタイムラインで構築されているから、そこは気にする必要性は無いというか、ツイートをする人の気楽さってそこだと思うんですよ。

各個人が自由にタイムラインを構築するから、そこの責任(ツイート主が負う)を負うものではない。タイムラインに組み込まれているツイートをするにしても、そのタイムラインを構築したのはお前だからという。こっちはツイートをしているだけだからという別の問題になるだけじゃないですか。

 

ろこ:運用…

 

政夫:単純におおたまラジオの宣伝戦略をするんだったら、僕が運用しているアカウントで「おおたまラジオめっちゃ面白いよ」と毎日ツイートをするだけでも宣伝にはなるはずですよね(笑)

 

ろこ:そこなんよね。宣伝というか。これをやっていますという成果になることへの折り合いが付けられていないというか。そこの自尊心はまだ無いという。申し訳ないんだけど。

 

政夫:ある種、承認とか顧みずという境地ですよね。承認欲求可視化社会というものから、かなり距離を置いた部分にろこさんのポッドキャストへの自負があるわけで。

 

ろこ:そうなんすかね(笑)

 

政夫:それって、とても羨ましい状態なのかもしれないけど、ただ、結果が出ないと…報われないとみたいなところに行き着くわけじゃないですか。

それは、さっきろこさんの言葉を借りると、成果ですよね。結局、そこに帰ってきちゃうというか再び浮かび上がってくる。承認を排しても目に見える数字というのはダイレクトにあるわけだから、とてもポッドキャストに真摯に向き合っているのはろこさんだから、俺が言うのは難癖なんだけど。

 

ろこ:そこをシャットアウトしているわけでもないから、政夫君のご指摘は正しいんですよ。なんで、それをやらないの?抜けていることがあるんじゃない?ってのはそうなんですよ。

 

政夫:承認を排している状態も、一歩、あるいは一周回ってその状態ならいいんだけど、ろこさんのスタンスというのは前提を無くしてしまっているから、凄い(歪に)成熟してしまっているわけですよ(笑)

 

ろこ:勝手にね(笑)

 

政夫:お約束としてある、正しくステップアップするための手続きをしていないがために僕が引っ掛かっちゃっている。成果的な部分で。それを諦めて手を引いた結果、承認とか度外視で、ある種の諦めからの熟し方でもないし。

 

ろこ:ダセえ(笑)話を聞いていると。ダメだぞ。こんな人間になったら、ということを伝えたいよね。

 

政夫:なんか、その、やろうよ!みたいな気持ちになっちゃうんですよね(笑)

 

ろこ:それは結構、ラジオのスタンスというか。

二人が同時に進んでいる時に、どっちか止まっているなというタイミングがあるわけじゃないですか。浮き沈みとして。そこを一致させようね、みたいな(笑)

 

政夫:バイオリズム的なものということですか。

 

ろこ:「船」みたいな話よ。

 

政夫:…「船」?

 

ろこ:ごめん、ちょっと間違えたね。

 

政夫:「船」の例えでお願いします。

 

ろこ:もう沈んでいるよ俺(笑)

 

政夫:どうやって出航するんですか。どこの大陸に辿り着くんですか(笑)

 

ろこ:今日のテーマに行く前に沈むぞ(笑)

政夫君が、Youtubeに残しているじゃないですか。最初、ポッドキャストに載せようと思ったのは、そこに行きたいというのがあったわけなんですよ。

でも、途中で「なんのために?」と目的を見失う状態もあるんですよね。それが、ツイッターとのスタンスと一致していて、ごっちゃになっているから、要は言い訳ばっかりしているから、やりゃあいい話なんだけどね。ワンクリックで。

…この話と「船」は繋がらんぞ。

 

政夫:座礁したなと。沈没したなと。

 

ろこ:(笑)

 

政夫:細田守未来のミライ』を観たんですよね?

 

 

ろこ:変わるな、えらい。観ましたよ。

 

政夫:連絡を受けた時に、ネタバレと言うか他人のレビューを観る前に読んでも楽しめるのか?みたいなことを投げかけられまして。僕は楽しめる派なんですよ。

そこは、別にという部分はあって、なぜかというと僕はかなりアマゾンレビューとかバカにしていますけど、結構見ているんですよ。

 

ろこ:そうなの?

 

政夫:読書メーターやブログとかも見ています。結構マメに見ているんですよ。他の人の意見というのを。

それは、別に参考にしないんですけど、他の人がどう思っているのかは気になるんです。一方で、その人が言っているから参考にするわけでもないというスタンスで。

 

ろこ:その話のスタンスの延長で聞きたいんだけど、レビュー=作品の評価は、批評なのか感想なのかみたいな区切り方が分からなくなっている。

 

政夫:基本的なものは批評にはなっていない。レビューという名の感想だと思います。批評として気取っていても、批評という名を借りただけの他人の作品をダシにした自分語りにしかなっていない可能性が高い。

 

ろこ:政夫君の中で、批評というのは言葉に出来るの?どういうものなの。

 

政夫:作品を通して、自分の思っていた世界がガラっと変わるための装置が批評であるから。

 

ろこ:大雑把なことをいうと感想も批評に入るのかなって。

 

政夫:入らないです。

例えば、何かしらをブリッジしたりとか、それとそれ繋がるの?みたいなことで何か新しいものが見えてきたりとか、あるいは社会反映論的なものですし、映画評論家の町山さんですね。

町山さんの評論のスタイルとしては、俳優のキャリアも含めた語りをしていますよね。前作はこういう役をやってて、今作はこういう役をやってて…アクターのクロニクルを挿み込むことで、俳優というキャラクターをより立体化させようとする。それは単純に、純粋に作品だけを観たい人にとっては邪魔なリソースなわけですよ。

 

ろこ:確かに余計やね。

 

政夫:そういう語りが整理できると映画評論家として成立するというか、あそこまで情報を整理しているから語りとして成立しているわけですけど。

俳優というものを一種のキャラとして見立てた時に、俳優にもデータベースというものがあって、この俳優は今までこういう役をやってきたとかデータベース的になっている。

 

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そこから、データベースを眺める人間は主体的にリンクしている部分を遊べる(取捨選択)わけですね。それをより整理すると町山さんみたいな語りとして成立する。

俳優というものをデータベース的に捉え、監督というのはよく文脈で語られるわけですから、監督の作家性ということで、その情報が混在している部分をどのように抽出していくか、それを語っていくかというのは、それは難しいわけですよ。作業としては。その難しい作業をやることによって、今まで観てきたものが、ある一定のキャラというものが、データベース的に流動的に取捨選択が行われ、より立体的に見える。

これは分かり易くいえば、観方が変わる快楽ですよ。というのは批評の一部分として、町山さんを例に出しましたけど、感想は感想ですよ(笑)

 

ろこ:はい。

 

政夫:はい(笑)

 

ろこ:分かりました。

俺はフラットに『未来のミライ』を観た。先入観無しで。予告編だけ観ただけ。一昨日くらいに観たんですけど、凄いスモールな話なのかなって。

 

政夫:観ていないから如何せん何も言えないですよ(笑)

 

ろこ:そうだよね。

 

政夫:単純に細田守のキャリアでいえば、『おおかみこども』では母の物語を描き、『バケモノの子』では父の物語を描き、今回は家族論ですよね?

 

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ろこ:んー、家族。

 

政夫:順番で言えば段階を踏んでいるというか。観ていないから本当に家族論が正しいのか分からない。

 

ろこ:楽しめなかったよね。踏み込めていないだけなのかもしれないけど。

だから、政夫君の観た後の何かを聴きたいよね。

 

政夫:それ、ラジオで言わなくてもいいじゃん(笑)既成事実が出来上がるから良くないですよ。

 

ろこ:言ってやったぜ(笑)

 

政夫:去年、映画が公開した時に色々漁りましたけど、否定的な意見は多かったですよ。僕が観測した範囲では。ただ、もちろん肯定的な意見もありましたけど、僕の観測の問題というか。

社会学的な話で定量分析(観測)と質的調査(観測)で、データの抽出の仕方の観測レベルの話があるんですけど。自分の中では定量的なイメージでもって、量を掴むイメージはあるにしても、そこで「この人いいな」と思ったら僕の中でストックされるわけですよ。

となると、いつのまにか量的な観方が質的なものに入れ替わっているわけですよ。

 

ろこ:なるほど。

 

政夫:量的な話から質的な話になってしまうのは、SNSのフォローボタンと一緒なわけですよね。自分の観たいものしか観なくなっちゃう(フィルターバブルやエンドレス・ミーと一緒です)。だから自然と雑多に見ていたはずなのに、ある界隈を見つけた時に、ある界隈全体をなるべく把握しようとすると、界隈の意見が似たり寄ったりしているというクラスタ化ですよね。蛸壺化でもいいですけど。

蛸壺の一端を垣間見てしまうと、一定の言説が強く支持されているから、あたかも蛸壺的な部分が、界隈の強い意見のように見える(総意のように)。量から質にすり替わっているから、質としても強い意見のように見えるわけですよ。

 

ろこ:あの人凄いですよね、売れたよねとか、量の価値観で押してくる奴キライだわ。

 

政夫:観測の仕方って本当に難しくて。

極端の話をすれば、フォローしていて、フォロワーがいて、相互フォロー関係であっても自分とフォロワーは別だとしても、趣味嗜好が似ているから、あるいはニュアンスというか気分が合致しているから関係性があるわけじゃないですか。だから関係ない事柄をRTされても、遠回しに自分の興味があること(潜在的な意味)なのかもしれないという可能性なんですよね。もちろん、100%一致するわけではない。人間。アリエナイじゃないですか。本当にそれは『リズと青い鳥』なんですけど。

 

 

ろこ:(笑)

 

政夫:自分の中で信頼という実績を作ってしまうと。

 

ろこ:信頼は西野さんも言っていたな。

 

政夫:雑多なものが、蛸壺的に見えてしまって。

僕が知らないから、本来は蛸壺だったものが、蛸壺ではなく雑多なようにしか見えていなかったものが、僕が信頼という実績を積み上げていく事で蛸壺であることが理解できるわけなんですよ。それは量的なものから、質的なものにシフトしてしまっていたということなんですよね。

 

ろこ:そこはホンマ大事。

 

政夫:それが行き過ぎると、この人が言っているから、になるし、人の言葉を借りた自分の意見になっていて、お前は誰なんだよ!みたいな話になってしまうわけですよ(笑)

※この記事は4月に配信した音源を一部文字起こししたものです

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