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有栖川有栖『スイス時計の謎』読書感想

 

スイス時計の謎 (講談社文庫)

スイス時計の謎 (講談社文庫)

 

 バラエティに富んだ国名シリーズであるが、なかでも表題作は必読の価値あり。

これぞ、本格ということを自ら主張するかのように、直球勝負を仕掛けてくれた作者に感謝の言葉を述べたくなる。

傑作である。

〝なぜ犯人は被害者の腕時計を奪ったのか〟から導かれる犯人像の絞りと展開の流麗さは圧巻。純粋なフーダニットでもあるが、それ以上に〝腕時計を奪った〟というホワイダニットがシンプルがゆえに手堅い。論理的にもって犯人に迫る火村という探偵の存在感を際立たせつつ、容赦なく切って捨てる一面も見せるところもあるので、キャラ小説としてもこの上ない出来だと言えるだろう。『腕時計』という小道具から見えてくる可能性に対して、心理的根拠と物理的根拠を駆使して真正面から切 り込んでいく様こそ本格ミステリの醍醐味ではないだろうか。意外性よりも論理の美しさを追求した作品である。

 『あるYの悲劇』は、タイトル通りにエラリー・クイーンの名作を意識した作品で、凶器が楽器である。根幹としてあるのは、〝Y〟を絡めたダイイング・メッセージもの。本家では、堅牢なロジック以外にも〝意外な犯人〟と強烈な結末が売りであるが、本作はダイイング・メッセージの意味がやはり肝で、ある意味な〝意外な犯人〟という形まで描かれている。多少のツッコミ所はあるが、それに目を瞑りたいほどのミスディレクションがあり、その意図は唸らされる。

 『女彫刻家の首』は、顔のない死体モノである。フーダニットというよりも、なぜ首を切ったのかが根底としてある。オーソドックスなミステリでありながら、ある人物のリアクションから導かれた発想は興味深いものとなっている。そして、火村の無神論者としての強烈な振る舞いが、ファンとしては印象に残るであろう作品。

 『シャイロックな密室』は、シェイクスピアの香りを醸し出した、倒叙形式の密室モノ。倒叙ミステリなので、犯人が火村に追い詰められるシーンの迫力は確かなものがある。密室殺人自体は斬新というわけでもないが、その伏線の張り方は丁寧。シェイクスピアから感化された作品だけあって、モチーフにもヒントが隠されているが、そこに頼り切りではないところが好印象。倒叙形式にしたことにより、火村というキャラを際立たせたオチがシリーズ作品としての厚みを持たせる。