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しまいには世の中が真っ赤になった。

麻耶雄嵩『メルカトルかく語りき』読書感想

 

メルカトルかく語りき (講談社文庫)

メルカトルかく語りき (講談社文庫)

 

 

オーソドックスなミステリを期待して読むと挑戦的で攻撃的な作品のオンパレードに眩暈必至。

読者を選ぶ一冊とも言えるだろう。

麻耶雄嵩のコメントに在る通り、「メルカトルは不可謬ですので、彼の解決も当然無謬」という体裁を採っているため、その言葉が孕む意味と危険性に対して真正面に取り組んでいる。そのために、こういった実験的な作品が生まれたことは必然と言える。

不条理なミステリであるが、ロジックは効いている。そこを妥協しなかった作者の気概は流石である。

『死人を起こす』では、メルカトルがどう物語を終わらすのかが鍵となるのだが、読めない展開運びに夢中になる。伏線の張り方もあり、真相は唖然となるばかり。アクロバティックな推理もありながらも、それを支え る証拠の部分にはもうある意味流石の域と言える。これを〝粋〟と評するには躊躇うが。解決に対して、ここまで大胆に攻めたことに意義がある。

『九州旅行』は、ダイイング・メッセージの不完全さ+キャップの着いたマジックという些細な謎から展開されていく。なぜ、被害者はそんなマジックを手にしていたのか。そこから導かれる流れはユーモアを交えつつも、非常にスムーズ。トリックも面白いが、なんといっても結末に尽きる。美袋三条の性格とメルカルトの人を喰ったような人間性を端的に表現している作品。

『収束』は、倒叙ミステリだと思いきや、そこから覆されるパワーのある作品。手がかりのミスディレクションも効いており、そこから導き出されるのも見事いう他ない。構成力という点では、本書の中でも白眉であり、冒頭の倒叙ミステリ風に仕立て上げた部分は、驚愕的な真相を支えている。冒頭の部分を含めた物語の見せ方 、そしてメルカルトならではの解決方法が絶妙に合わさっている怪作。

『答えのない絵本』は、本書でベストと言える作品。容疑者の数はなんと20人。そこから導き出された犯人とは…。被害者の状況と犯行時刻の絞り込みが丹念に描写されており、実によく出来ている。その描写の補強も入念にされており、付け入る隙を感じさせない。メルカルトの圧巻の推理によって、どんどんと容疑者が消去されていく様は爽快と言わざるを得ない。怒涛の論理である。そして、あれほどまでに積み上げたロジックの行く先が鮮烈的であり、困惑的。麻耶雄嵩の狙いを徹底的に表現したと言えば、聞こえはいいものであるが、あまりにも破壊的な作風であり、問題作である。

『密室荘』は、読者サービス満載な1篇。密室状況で起こった殺人事件。犯人は必然的にメルカルトか美袋の2人に絞られる、という物語であるが、この話こそ本書の幕引きに相応しいと言えるであろう。犯人が探偵か、それとも語り手か。そういった状況に意図的に追いこんだ作者の答えは、意外にもしっくりくるものとなっている。ある意味、本書の流れからすると、当然の帰結と言えるかもしれない。全編を通して、〝実験的短編集〟という文句に偽りはなし。銘探偵ならではという点を考慮すると、納得するのも難しくないか。

それでも、空前絶後な短編集であることに変わらない。