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円居挽『クローバー・リーフをもう一杯 今宵、謎解きバー「三号館」へ』読書感想

 

 

 

日常の謎を扱った連作ミステリ短編集。

謎という対価を持って、その謎に合ったカクテルを提供する神秘に包まれた謎解きバー「三号館」を解明の場として、日常パートは京都の街並みがメイン。

大学生デビューをした主人公が、理系謎好き彼女に恋心を抱いており、そんな2人は摩訶不思議な謎に度々直面する。謎を解き明かしつつ、果たして恋の行方は…という話であるが、円居挽が『日常の謎』に真剣に臨んだ一冊。

日常の謎』が絡んだ青春模様が主でありながらも、京都のキャンパスライフを楽しめる構造となっている。そして、謎を持ちこんだ主人公が「三号館」に辿り着いた時に、提供されるカクテルの鮮やかさは情景豊かである。カクテルにヒントが含まれており、〝酩酊推理〟にカテゴライズされる謎解きパートであるが、真相を引っ張らず、スムーズに運ぶ様が描かれている。

作者を代表する『ルヴォワール・シリーズ』とは違って、シンプルな構成なので手に取り易いが、〝詰め込み過ぎることの良さ〟が売りだった作者なので、この〝変身〟は人によって評価が変わるだろう。

『クローバーリーフをもう一杯』は、オープニングに相応しく、キャラクター紹介に力を注がれている。一種の〝人間消失〟を扱っているものの、問題は真相が見えすぎるきらいがあるということ。あくまでも、本書の説明書的な立ち位置のミステリであることを踏まえれば、まずまずの出来であろう。

『ジュリエットには早すぎる』は、恋愛模様をお洒落に転がした短編。謎としては〝人間移動〟であるが、それはあくまでも目先の謎であり、そこに込められた想いがメイン。謎が解明された時に、人物関係が〝シフト〟する構造に加え、〝見立て〟の演出が憎い。ややドラマチックすぎる趣きがあるが、そこに茶々を入れるのは無粋か。こういう舞台が京都にマッチするのも強みだろう。

『ブルー・ラグーンに溺れそう』は、またしても〝人間消失〟が謎としてあるが、消えた人間の特徴に関する気づきは思わず膝を打つ巧さ。伏線の中に上手く隠している。作中で途中で推理から導かれる推論は、ややきな臭いきらいがあったが、読後は非常に爽やか。タイトルが上品のわりには洒脱で、恋愛観に上手く落とし込むことによって、恋心の楽しさや不安を端的に表現している。

『ペイルライダーに魅入られて』のテーマは、フーダニット。ヒロインを欄干から突き落とした犯人は…?という話であるが、そこはあくまでも1つの謎でしかなく、それ以降の展開が本命。作中で登場したモンティ・ホール問題を絡ませた勝負で『探偵VS犯人』という構図。ミステリにおける名探偵が動くことの意味を痛感させる短編となっており、本書の中で最も読後が悪い苦さがある。確率論から導かれた数字から、トリックのネタ明かしと色々と強引な趣きが否めないが、数字に出ている以上、そういう解決法が妥当であったことは間違いないといった所か。こういった〝勝負師〟を描くのは、この作者ならではの味わいである。

『名無しのガフにうってつけの夜』は〝現場消失〟がテーマ。トリックはかなり大胆で、図面が提示されているので非常にフェアなものと言えるだろう。短編全体に〝錯覚〟を上手く利用した描写があり、その中に伏線を巧妙に張っている。フーダニットとしては弱い点はあるにしても、やや運を絡めた飛躍した論理性で犯人を追いつめる〝探偵〟の部分は、スムーズで良く出来ている。違和感を覚えた箇所にも、きちんと意味があり、回収されていく様に爽快感を味わえた。

そして、本書最大の謎でもある『謎の女性の正体と三号館の謎』は、やや話が大きくなりつつあったが、この辺は許容範囲内か。きちんと解明されるので、色々と消化不良な面があるにも関わらず、シリーズ化の運 びは難しい終わり方をしている。途中からの路線変更が『青春ミステリ』としての味を削いでしまっているのは残念。