おおたまラジオ

しまいには世の中が真っ赤になった。

『狩人の悪夢』『孤独なアスファルト』読書感想

【2017年9月のマイベスト2】

私は9月に25冊の本を読みました。

読書傾向的にどうしてもミステリが多いですが、その中でも出色の出来と思った印象的な本について書いていきます(ネタバレは無いです)。

カテゴリの『書評』よりも、軽い内容で複数的に仕上げるのが本企画の趣旨です。

例はこちら→

『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている12巻』感想と批評 「本物」への歩み - フトボル男

この企画は恒例化を狙っていまして、月毎に数は推移していくと思いますが、よろしくお願いします。

 

有栖川有栖『狩人の悪夢』

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内容紹介:人気ホラー作家・白布施に誘われ、ミステリ作家の有栖川有栖は、京都・亀岡にある彼の家、「夢守荘」を訪問することに。そこには、「眠ると必ず悪夢を見る部屋」があるという。しかしアリスがその部屋に泊まった翌日、白布施のアシスタントが住んでいた「獏ハウス」と呼ばれる家で、右手首のない女性の死体が発見されて…。臨床犯罪学者・火村と、相棒のミステリ作家・アリスが、悪夢のような事件の謎を解き明かす!

王道フーダニット。

 今、日本のミステリ作家で、ミステリファンがワクワクが止まらないように一番読みたい作品を書けるのは有栖川有栖かもしれません。それくらい安定した王道を進んでいるように思います。奇を衒うのも嫌いではありませんが、王道が嫌いな人っていないでしょ。謎の設定から論理に打ち出し方がまさにピタッとハマったのが本作なんですが…。

 個人的には『学生アリスシリーズ』に比べると『作家アリス・火村シリーズ』は格落ち感が否めない作品が多いと思ってしまいます。

勿論、それぞれのシリーズ作品の量が違いますが、量産体制に入りやすい『火村シリーズ』は作者からすれば、とても使い勝手のいいシリーズキャラでしょうし、そのため「国名シリーズ」では実験的作品が目立ちます。なかには「スウェーデン館の謎」や「スイス時計の謎」や「白い兎が逃げる」といった逸品もありますが、打席数に比べて個人的な安打率は高くない印象でした。

 『学生アリスシリーズ』の『孤島パズル』くらいの質を本シリーズに求めるのは難しいかと思っていたら、それっぽいのが来ちゃいました。そうです。『狩人の悪夢』が出ちゃいました。こういうのが読みたかったんですよ。ちょっと言い過ぎたかもしれません。

 

 火村の夢やら人格への言及があるのはシリーズファンとしては嬉しい書き込みではないでしょうか。それでも煙を掴むような話なんですが。そもそも作者は火村の過去は書かないと明言しているので、これくらいの匂わせが小説的にもシリーズ的にも適当かもしれません。

ミステリ的には、切断された右手首と左手首の論理や現場の状況から、火村が「散らかっている」と評するだけあってカオスに肉薄しています。手首の論理は端正ですが、事件の構図自体が求めていた合理性とはかけ離れたもので、「散らかった」事件と人間模様がどう結び付くのだろうか?

 とワクワクしながらも、煩雑とした事件構造に対して推理を追い掛けるしか出来ない点は人によっては評価が分かれそうです。

 本格ミステリは「謎解きを魅力に仕立て上げる」のが本分でしょうし、ミステリで表現される論理性って数学のように緻密なものではなく「もっともらしさ」や「雰囲気」があれば足りると思っているので、ガジェットはあくまでも様式美のようなものだと理解しています。お約束というか伝統芸というか。手首の論理がまさにミステリの文脈でいうところのロジックが綺麗にハマった一例になるのですが、事件自体が綺麗じゃないみたいな。

 ドラマ版の斉藤工が「この犯罪は美しくない」と切っちゃうような意味とは違いますよ。

事件自体が煩雑としているので、探偵としても際どい勝負を強いられるわけです。だからこそ犯人との対決シーンで如何に狩人のように仕留めるか。標的を逃がさずに倒すか。そういった事情を抱えているからこそ、綱渡り的な追い詰め方がより一層小説的に劇的に感じられるわけです。

 作者あとがきによれば、本作は倒叙形式になる可能性もあったとのこと。犯人の粗が偶発的で急務に駆り立てられたようなことが多分にありますから、「散らかった」部分も視点的に描けるので、そっちのパターンも読みたかったです。

 本作はあからさまな犯人の分かり易さが瑕になっていない構図で、どのように火村が仕留めるのかに一点集中したような推理はお見事といっていいでしょう。

 『火村シリーズ』でベスト3に入る出来だと思いますし、今年度の本ミス上位は当たり前だと考えています。

 

藤村正太『孤独なアスファルト

内容紹介:大都市東京に生きる一千万人の孤独。その渦の中に呑み込まれ、あがく、若者のいらだち、運命の非情さを描く、第9回乱歩賞受賞の長編推理問題作!

面白かったです!面白かった本以外は書かないので当然なんですが、いい味を出していますよこれ。

田舎から夢を持って上京したものの夢破れて都会の喧騒に馴染めない孤独な青年パート と 丹念な刑事視点のクロフツを彷彿とさせる捜査パートのバランスが好き過ぎます。

 地道に足を使って、一つずつ小さな疑問を潰しては壁にぶつかるの繰り返し。この粘りが堪りません。鮎川哲也の『鬼貫シリーズ』に通じる職人気質というのでしょうか。その合間に挿まれる人間らしさ。地味な場面なんですが、刑事という職業柄のためか、やけに映えるんですよね。靴底を減らす様が。

 そして、明らかにされる構図。

 インパクトが凄まじい。久しぶりに唸りました。

 このトリックで、それ自体が盲点になるように立ちはだかる壁に紛れ込ませる術がハマっているところが素晴らしいです。このトリックだけでも一読の価値はあります。アッと言わせられます。勿論、トリックがいくら秀でていても、プロットありきという大前提は欠かせませんが。

 しかし、捜査パートで度々小さなヒントが都合よく登場してしまうシーンが続くのは御愛嬌ですかね。その点では恣意的が否めないというか御都合を感じます。

 ただ、作中で「心の中で図形を作る」と描写されているように過不足なく落とし込む必要性があるから仕方ないというか。この辺りの作者の視点が気になる人はいるでしょうから、好みは分かれそうです。

そういえば、「構図」やら「構図の反転」って言葉はネタバレの範疇に入るんですかね。ある程度のディティールに触れることでイメージの共有化を図りつつ、そのような意図を落とし込むように本をオススメする文章を書きましたが、新たな読者の愉しみを奪ってしまいがちな文言でありそうですよね。イメージの共有は読後の方が圧倒的に楽しいはずですから、書き手的にこの辺のパラドックスは面倒くさいです。

 最後の善意が悪意に攫われるシーンなんて、都会が生んだ悲劇の象徴そのものでしょうか。どうしてもこのようなテーマで都市を描くと社会派という位置付けになりやすいでしょうが、ミステリとしての魅力たっぷりの良作でした。

 すぐ社会派的要素があると、本格との二項対立的に語られてしまいやすいバイアスをどうにかして下さい。