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『ゲームの王国』読書感想

小川哲『ゲームの王国』

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内容紹介:サロト・サル―後にポル・ポトと呼ばれたクメール・ルージュ首魁の隠し子とされるソリヤ。貧村ロベーブレソンに生を享けた、天賦の智性を持つ神童のムイタック。皮肉な運命と偶然に導かれたふたりは、軍靴と砲声に震える1975年のカンボジア、バタンバンで出会った。秘密警察、恐怖政治、テロ、強制労働、虐殺―百万人以上の生命を奪ったすべての不条理は、少女と少年を見つめながら進行する…あたかもゲームのように。

 2017年に読んだ本で一番面白かった本は何?

と訊かれたら、本書を挙げます。

これ凄すぎます。

筆力が天才レベルです。個人的には乾いた文体が好きなんですが、小川哲さんの筆は文章情報量と空気感が整理されているんですよ。感動的なくらいに。

善行的に映る民意が革命によってもたらしたものは、ユートピアなのかディストピアなのか。一見ユートピアの出来上がりだと思いますが、国家としての上積みをゼロベース化して新たに再構築する手腕が求められる点で、民衆の善意的行動が齎した先の国の未来は如何に…?独裁者ありきではなく、権力の腐敗を監視するルールの有無をタイトルにあるように「ゲーム理論」的に物語に落とし込んだのが本書です。

背景としてポル・ポト政権が描かれていますが、「史実」よりもフィクション的な在りし日のポル・ポト像のタッチが巧みなので、どちらかというと清教徒革命のオリバー・クロムウェルの価値が一つの例になるかもしれません。

厳格なルールと制約とは誰に向けられたものなのか?

そもそもルールとは?

そのような提起から紐解く流れは、まさしく近代立憲主義にも繋がりますが、際立つのは上巻が顕著ですが視点の配置と不条理さがセンスの塊です。

正直SFどうこうは分かりませんが、マジック・リアリズムというカテゴリに属するらしく、時折人間離れしている人間が登場します。それが狂おしいほどに愛せてしまうキャッチーさがありまして。理解に苦しむド変態なんですが、固着という点において「これほど人間らしい」人間は居なかったり。

カンボジアの20世紀後半より、果てしない想像力を以て描かれた物語としての面白さ。傑作ってやつかも…と思ったのが上巻の感想でした。

 

そして、その予感は的中したわけです。

下巻に入ると、視点移動のスピード感や不条理は上巻に比べると物語として大人しいように思いますが、静かな起伏を作るために緩やかにドライブしていくような心地があります。上巻を踏まえた上での、それは別々の道を歩んだソリアとムイタックのそれぞれの軌跡があるからでしょう。

下巻からSF的要素が飛び交います。作中の年代も近未来設定になるので、一つの技術革新の土台を設ける必要があったのと同時に過去へと流れていく記憶が鍵になるからです。

二人を結んだ懐かしくて遠い過去。

森博嗣の『すべてがFになる』において、犀川先生と西之園令嬢がそれについて会話するシーンがあります。

「思い出と記憶って、どこが違うか知っている?」犀川は煙草を消しながら言った。

「思い出は良いことばかり、記憶は嫌なことばかりだわ」

「そんなことはないよ。嫌な思い出も、美しい記憶もある」

「じゃあ、何です?」

「思い出は全部記憶しているけどね、記憶は全部は思い出せないんだ」

 引用した部分を当て嵌めると、ソリアとムイタックの共有する素晴らしき瞬間はまさしく「思い出」に当たります。

しかし、本書では「記憶」を扱っています。犀川先生曰く全てを思い出せない「記憶」を本書はゲーム×テクノロジーと直結することで、エンタメ性を損なわずに物語の重要なシーンへ繋げています。

そして、このニュアンスの違いが、物語のクライマックスをとても美しく、そして切なく彩ります。

人によっては、投げっ放しジャーマンのような展開に閉口してしまうかもしれません。

しかし、本作は初めから二人を中心とした物語です。

視点が散らかっても、二人に収束していくのは妥当だと考えます。細部における若干の消化不良は否めないのは、上巻における視点の飛ばし方と決着の付け方がこれ以上ないほどにスマートだったことに起因するのかなと。

「記憶」という物語の追体験を想像性から掻き立てることで、予測不可能かつダイナミックな展開に持ち込むことに成功した下巻。

究極的なゲーム性、適切なルール観、服従するプレイヤーの存在。

それらを構築するのは人間です。まるで天の配剤のように論理的に数学的に突き詰めても、最終的な部分も人間です。ドラマは人間だからこそ描けるのです。

このような小説と出会うために小説を読むんですよ。

参りました。凄かった。

『ゲームの王国』のような本が読めることは幸せです。昨年最大の発見だと思います。傑作でした。