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東川篤哉『探偵さえいなければ』読書感想

東川篤哉『探偵さえいなければ』

探偵さえいなければ

探偵さえいなければ

 

内容紹介:東川篤哉の本籍地・烏賊川市シリーズ、待望の最新刊。傑作ユーモアミステリ!

関東随一の犯罪都市・烏賊川市では、連日、奇妙な事件が巻き起こります。でも大丈夫。この街では事件もたくさん起こるけど、探偵もたくさんいるのです。ひょっとしたら、探偵がいなければ事件も起こらないのかも……。

 

 高水準のキレキレパズラー短編集。

面白かった。良かった。好き。

烏賊川市シリーズは素晴らしい作品が揃っている。

くだらないと侮るなかれ。

ユーモアの中に忍び込ませるミステリとしてのキレが凄まじく、これほど笑えるド本格ミステリはなかなかお目に掛かれない。殊能センセ―の『キマイラの新しい城』くらい笑えたり。

『ここに死体を捨てないでください!』(左は電車内で読みながらニヤニヤしていたら正面の女性にガッツリ見られた思い出*1

それ以降、近年は短編集メインになってしまっていたので、「東川先生、早く長編を読ませてください。愉快なくだらなさと快刀乱麻な論理で圧倒して欲しい」過激派の一人でしたが、本書には参った。

このクオリティの短編集ならば、東川篤哉先生の自宅のある方角に土下座しないといけない。住所知らんけど、グーグルアースとかで探すか。

ここ近年の東川短編パーティーには正直焦らされていたが、この質なら文句なんて出るはずがない。

謎と論理がハイブリッドで配合されたエンタメ直球パズラーをミステリファンが嫌いになるわけないでしょ。

 「倉持和哉の二つのアリバイ」倒叙もの。

アリバイトリック自体は手垢が付き過ぎて、殿堂入りしたもの。ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム的な。まさに古典。

それをどのように料理するかが作者の腕の見せ所になるのだけど、東川篤哉はやってくれた!やっちゃった!

伏線の張り方が見事という他ない。

確かにくだらないと言われたらくだらないでしょう。

それを大真面目にやっているから響くのです。

futbolman.hatenablog.com

タイトルの意味と思わぬところからの展開がピタッと符合した時の気持ち良さ。

掴みの短編として上等だと思います。

 

ゆるキャラはなぜ殺される」は傑作。

笑えるシチュエーション作りは流石。もうコントの域。

恐ろしいほどの手管手練が際立っています。

ゆるキャラ』というガジェットの使い方をフル回転して、笑える部分と謎の構築を並行させている点、本書の中でもベストだろう。

あらゆる仮説を検討して、探偵としての立ち振る舞いを演出。そこからの多重推理パターン。

しかも、あの準レギュラーの登場!?

ミステリとしても美味しく、物語としても楽しい。愉快で痛快な逸品です。

ちなみに、読んでいる時に立川志の輔ゆるキャラを題材にした落語『モモリン』が脳内で掛かったのは良い思い出。

 

その他にも短編集としてしっかり脇を固めている立ち位置でありながらも、抑えきれない個性を爆発したようなオチをかます「博士とロボットの不在証明」。これが昨今の人工知能ブームとは相反するようなアナログっぷりが堪らない。

世間がAI、AIと騒いでいる時にこそドンピシャな作品。

さらに「その密室の始まりと終わり」は特大のネタが炸裂。

この短編は生涯忘れないでしょう。某国内作家の某シリーズを彷彿とさせる強烈な画作りが、軽妙さに隠れて潜んでいたというのが上手い。

そしてトリの「被害者によく似た男」

これも手垢が付きまくっているネタ。どのようにアレンジするのか。お手並み拝見という気持ちで読んでみると、あら不思議。

頭の「倉持和哉の二つのアリバイ」も手垢の付いたネタを見事に裏切り、ぶっ飛ばされたのは忘れた前提として、言い訳すると仕方ない。

これだけレベルの高いエネルギッシュな短編が並んでいると「そろそろハズレがくるな」と身構えちゃうから。

そしたら、奥さん、まさかですよ。

どんでん返しの連続。読者も引っくり返るくらいに。

想定の一つ上を飛び越えるような気持ち。でも、前述の通り予め期待していたハードルは2段下がっているので、一つ上どころじゃないみたいな。

しあわせは歩いてこない

だから歩いてゆくんだね

一日一歩 三日で三歩

三歩進んで二歩さがる

人生はワン・ツー・パンチ

谷真酉美『三百六十五歩のマーチ

物凄い短編集でした。ありがとう、東川先生。

*1:「思い出と記憶って、どこが違うか知っている?」犀川は煙草を消しながら言った。

「思い出は良いことばかり、記憶は嫌なことばかりだわ」

「そんなことはないよ。嫌な思い出も、美しい記憶もある」

「じゃあ、何です?」

「思い出は全部記憶しているけどね、記憶は全部は思い出せないんだ」