藤井太洋『オービタル・クラウド』読書感想
久しぶりにSFを読んだ。
ミステリが主食な私は、サイバーパンク系は今まで何度か手にしたことがある程度で、SFは門外漢。Twitter上で遣り取りさせて戴いたSFファンの方にオススメを訊いたら、本書が挙がったので即座に読破。
楽しかった。ページを捲る手が止まらなかった。
正直、作中の天体の動きに纏わる細かい数字とかは全く分からないが、国際的スパイ巨編!アクションあり、ペーソスあり、ユーモアあり。
まさに映画化案件だと思う。ハリウッドでの映画化まで妄想した。『ゼロ・グラビティ』くらいの映像スケールで。
物語の根幹は技術屋の叫び。現場ならではの苦悩を描いたニヒリズムからの発展を主としたヒロイズムそのもの。一先ず主観的な善悪は置いといて。
才能、資源、コストの掛け方、要は適材適所。才能の使い方の話。
得てして人間は類い稀な才能に呼応するかのように動きを起こす。そこで楽々と壁を乗り越える者、乗り越えられない者の違いが生じていく。その辺の残酷さ、虚無さなどをリアリズム的な描写を青春グラフィティとして落とし込んだのが米澤穂信の『クドリャフカの順番』であったりするが、本書はよりドラスティックに描かれている。そこは高校生と大人の違いだろうか。あと、ビジネスという形態や抱えているスケールの違いも。
どれだけ才能があっても、ある一定の集団における理解と共感が必要になる。その点で「孤独な人」と「チーム」の対比は熱かった。素晴らしかった。
先に例として出した『クドリャフカの順番』において伊原摩耶花と河内先輩「名作論」を闘わせるシーンがある。才能の閃きは主観によるものとか、面白さを理解できる環境・状況が必要なのかどうか。
伊原は圧倒的であれば誰にでも通じる!と主張します。それが作中でキーアイテムとなる『夕べには骸に』と『十文字事件』に繋がっていくわけであるが。
詳しくはこちらを参照してください。
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とんとん拍子に事を運ばせるために主人公のスペックが都合よすぎるきらいがあるが、現場一筋のアマチュアが世界の名だたるプロを凌駕し、抜擢されたサクセスストーリーとしてみれば全然アリ。
それこそ作中にもある『グレート・リープ』なわけで、埋もれていた原石が輝く瞬間、承認される場面ってワクワクするでしょ。スポーツ漫画とかで、弱小高校に所属している主人公が努力を対価に強豪をバタバタとなぎ倒していく。スペックを埋めるための創意工夫。弱者なりの戦法や個としてのオリジナリティの発揮。そしてライバルたちに認知されていく。
ベタだけど、好きだ。みんな好きだからベタになる。
本書では同じような境遇・ステージが近かった彼らが最終的には道を違えた構図がとてもシニカルで、少しのボタンの掛け違いから悲劇性とは生まれるものだと。
他人からの許容と承認は普遍的です。それこそSNSやブログとかの「バズる」や「いいね」なんかはその欲求をインスタントに可視化したものとも言える。ある程度の承認にはライブ感と環境理解が必要ですが。
現場の上に当たる人たちの原石を眠らせない使命感や命の使い方。スパイもので興奮しながらもしみじみさせてくれたり。
日本の兵は世界最高、日本の将軍は世界最低とはよく言われる話。これはサッカーの世界でも当てはまる。
— スケゴー (@sukego_fut) 2017年4月7日
基本的に作中において嫌な人物が居なかった気がする。
一応、善悪として描くために敵は設定されているが、敵役の理念を書き込んでいるのも大きい。作劇における駒扱いではない部分がしっかり書き込めているので、『機動戦士ガンダム』や『HUNTER×HUNTER』を代表とする「善悪の二元論からの解放」に通じていると思うくらいの快作だった。
率直に楽しかった。