寿命論にノスタルジーを添えて/フットサルというコンテンツの現状
政夫:ろこさんがこれから話すのは好きであるからこそ、苦しくなってしまった男の末路というか断末魔ですよね。
ろこ:先に結末言わないで(笑)でも付け加えると、知的生産というかビジネスの世界でいうと。最近、落合陽一の動画をよく観ているんですよ。
政夫:準備していますね。
ろこ:やめろやめろ(笑)ただ、今それが俺の問題なんだよね。面白いというか。
政夫:『デジタルネイチャー』を読むんだったら、まず『魔法の世紀』と関連動画を漁らないと『デジタルネイチャー』は読み解けないと思います。
ろこ:うん。俺、大学の頃に安宅和人『イシューからはじめよ』という本の序章だけ読んだのよ。2011年とかに。そこでISSUE DRIVENというのよく分からないものをうっすら読んでいたんですよ。そのISSUE DRIVENというのは質の良いアウトプット検定なんだよね。今、俺がやるべき問題=イシューを見立てて、仮説、言語化して相談する相手が必須だと。
ビジネス本なんだけど、簡単にフランクに捉えてみれば、人が理解するというのは今まである情報と未知の情報、一次情報と二次情報みたいな話になんだよね。基本的な話としては、ツイッターやネットニュースで触れると。そこから二次情報以降は自分の意見というか生み出したもの、質のいいアウトプットから始めましょうという本なんよ。
政夫:一次情報、二次情報、SNSだとリテラシー能力の有無やアカウント毎の言語化処理能力が140文字サイズのテキストに込められるから、同じような意見なんだけど、この人が言うとロジカルに響く、この人がいうと薄っぺらく見えるってあるじゃないですか。ほぼ同じ意見なのに。
それをRTって危険だなって思うんですよ。人の思考を簡略化しがちだから。ちょっと考えれば考えられたであろうものでさえもかなりインスタントな作業に委託してしまっている。
ろこ:でも、その分野のことは人に訊けばいいというのをよしとしているのよ。ISSUE DRIVENは。だから、意味のあることを生み出せるか、価値のあるものを、能力というか問題意識の話になっていくんだけど…。
政夫:アンテナも大事ですよね。RTすることで知らないアカウントを認知するわけですよね。それで過去のツイート群をみて、その人を知っていく。「この人面白いな」とか。ログとして残っているから。それを突き詰めて行くと、ノイズカットされた自分の観たいものしか見なくなっちゃう。インターネットの使い方で、ノイズカットは欲望のためで、視野をクリアにしたい・身辺整理したいというのは自然なことだとは思うんですよ。ミュートやブロック、フォローやリムーブ。
でも、それで築きあげていく人間関係というか、異物を排除するというと強い言葉になってしまいますが、非常に危ういですよね。
ろこ:そうだね。そこからどう仮説や問題を組み立てていくか。そう提起しているのが落合陽一なんだよね。簡単にいうと。さっきの「好きと熱中、共感と体験」を認識する年代というのもあるじゃん。
例えば、学生時代から都会に出て大学に行くとか。そこから社会人になるとか。年代別になんとなく変化していくじゃん。認識しなくてもね。
俺らがこうやって喋っているのって元々サッカーから繋がりじゃないですか。
でも、政夫くんとかと出会う前は、ツイッターで一人で自分の世界にいたんですよ。それまでネット=仮想世界として、サッカーを観ていて物足りなさを感じていたのよ。それから一回リーガキャスに呼んで貰ったじゃない。
政夫:一年間やっていたリーガキャスですね。エイバルの回。乾繋がりで。僕らが知っている範囲でエイバルをちゃんと観ていたのがろこさんくらいだったという認識で。そこからブログ記事のエイバル対談に繋がりましたね。
あれ、未だにグーグルから迷える子羊たちが閲覧している感じですよ。でも、もう今季は乾がベティスなんで、あの記事の消費期限は過ぎましたね。
ろこ:サッカーの話なんだけど、一つのクラブをずっと見ていたのよ。それがオタク的な観方なのか全然認識していなかったんだよね。リーガを観る前は、なんとなくサッカーを高校までプレーしていたからその延長で観ているだけで、サッカー雑誌を買ったり、スタメンを確認したり…そこから戦術的な観方になるというかね。大きく捉えようみたいな。
政夫:あれは間違いなく、とあるサッカーブログの影響だと思いますよ。
ろこ:影響なのかな…まあ、確かにサッカーブログは普及したよね。俺が見始めた頃ってペップ・バルサの全盛期で凄かったのよ。長い歴史でいえばペップ以前も当然あるわけで。
政夫:バルサだけでもたくさんありますよ。その前はライカールトだったわけですし。
ろこ:その前だと、日本だったらセリエA全盛のイメージない?
政夫:往年のセリエAファンはテレビのダイヤモンドサッカーとセットのイメージですね。
ろこ:その年代の人たちが強いサッカーを知っているわけで、その人たちから観たペップ・バルサってどう映っているのって。羨ましいというかジェラシーなんだよね。その時代を知っている人たちが。サッカーの見方じゃなくて、楽しめる楽しめないみたいな、エンタメとして。
政夫君たち出逢ってから考え始めて、そこから2~3年経ち、ペップがバイエルンに行き、なんか昔の方が良かったっていう感想がね。
政夫:完全に老害発言(笑)もう立派な老害ですね。もうオシマイですね。
ろこ:オシマイなのか(笑)羨ましいんだよね。もうセリエA全盛のその時代を俺ら観れないじゃん。その空気感というか。
政夫:僕もサッカー観始めた時って、98年フランスW杯や2002年日韓W杯の印象が強くて、ファンタジスタって単語もあまり聞かなかったイメージで。中村俊輔の代名詞じゃないですか。
ろこ:あったね。
政夫:THEトップ下という感じでもなく、その辺の日本代表のバランスというのは当時よく分からなくて。メディアはフラット3の話ばかり。
ろこ:トルシエね。
政夫:そういうイメージだから、昔観ていたサッカーを今のような視点で観ていなかったので…。
それを言ってしまうと、ろこさんが言っているのは、今それなりの視点を持ってしまったが故の楽しめないジレンマにしか聞こえないんですけど。
ろこ:ジレンマを抱えているのは日々言っているじゃない(笑)それを抱えながらも、問題として提起したいという話ですよ。
政夫:この話は断末魔からの解決策を練り出す話ではなく、あの頃は良かったなというノスタルジックに回帰していく流れですか。
ろこ:違うよ。ノスタルジーというのは音楽でもあるじゃないですか。昔、聴いていた曲が共感度が高くて、今聴いたら解消してくれることとか。
政夫:常に自分の好きなアーティストやバンドが、常に新作がベストを更新して欲しいという期待はありますけど、現実難しいですよね。常に自己ベストを上回れる人っていないですし。
ろこ:でも共感って話にすると、その熱量があるわけで。ノスタルジー的な熱中と…2005年くらいかな。俺が銀杏BOYSに熱中したのは。『なんとなく僕たちは大人になるんだ』という曲があるんですよ。
政夫:完全にアダルト・チルドレンですね。大人になりきれない子どもたち。
ろこ:銀杏はそれをカッコイイとは言っていないんですよ。現実世界になにか起きるんじゃないという中二病的な、決してそれを肯定していない。大人になりきれないけど、それがいけないの?みたいなバンドじゃないですか。その爆発的な衝撃度を今の銀杏は無理じゃないですか。
政夫:仮に銀杏がそれをテーマに掲げていてやっていたとしても、ろこさんは前ほど響かないんじゃないですか。
ろこ:なんで?
政夫:もう大人だからですよ。当時、2005年だから学生じゃないですか。進学して就職して大人になっていくんだろうなと期待と不安をぼんやり抱えていたからこそ、それが刺さったわけじゃないですか。今、現在それで刺さりますか?
ろこ:刺さらない。でも、ノスタルジーは感じる。
政夫:あー。良い部分も悪い部分も含めてノスタルジーですからね。苦しかったものも忘れ去られて美化されて。
ろこ:過去の情緒というか感情の共有は音楽強いじゃない。
政夫:そうですね。この曲、ハマっている時、あれよく食べたなとか、あの人とよくいたなとか、あの匂い懐かしいなとかありますものね。
ろこ:銀杏は、俺にとってそういうバンドなんだよね。
政夫:つまりサッカー観戦もW杯なんだかんだ観たけど、いまいちノリキレナイ自分がいて…自分の目線を変えていくしかない。体感としてあるだろうし、ネットを覗けば嫌でも入ってくる情報にどこかアレルギーを感じながらも、でもこれに乗っていかないと置いて行かれるわけじゃないですか。
ろこ:乗って行けるけど、選択もできるのよ。大人だから。今、考えているのは、よく二人でそういうこと話すじゃないですか。政夫君の切り口で。知らない人は政夫君のブログを全部読んで欲しいのだけど。
政夫:読まなくていい(笑)
ろこ:フットサルの魅力と難しさって繋がっている説の記事あるじゃない。あれを観た衝撃は銀杏レベルだったのよ。
政夫:俺、銀杏だったんですか(笑)
ろこ:この年齢で、大人になった俺の速度で衝撃があったのよ。よく二人でフットサル観戦について喋っていたじゃん。
政夫:そうですね。ろこさんがモビスター対カイラトのURLをツイッターに貼っていたからたまたま観る機会があって、「フットサル超面白いじゃん」ってなりましたね。
最初はサッカーの勉強を兼ねてフットサルを観ていたのですが、半年後とかにはサッカーとは切り離して単純にフットサルに魅了されていましたね。そこでフットサルの魅力を考えた時に、ディティールの細かさが魅力なのではという着眼点から、ディティールが細かいということは実は伝わり辛いのでは、難しいのではみたいなことを書いたわけなんですけど、それがろこさんにとっては銀杏レベルだったと。
ろこ:まだ熱量は保っているよ(笑)ラジオに出ているくらいなんだから。それで、よく伝え方の話はしたよね。
政夫:それは試行錯誤していますね。
ろこ:サッカーはメジャーじゃないですか。フットサルはそれに立ち向かわないといけないわけで。エンタメとして。
政夫:対サッカーだけだと視野が狭いと思いますが、エンタメ全般というのは確かですね。
ろこ:となると、サブカルチャーです。俺はサブカルチャーというのは未見の知なんです。なぜならサッカーばかり観ていたから。サブカルチャーもあれこれ話してきたけど、日本社会の構造を見渡さないと浮き上がって来ない入口とか、日本人文化をマクロ的に切り口にする感じだよね。
政夫:アニメだとかマンガだとかじゃなくて、単純にサブカルチャーも文化なんだから社会と結びついているでしょと思うんですけど、こういう状況だからこそそういう作品が生まれたというのはあるでしょうし。
さきほほど話した山口つばさの『ブルーピリオド』も、今のリアルな高校2年生の屈折した感情や夢を持っていない人間への強迫観念的な進路選択、夢追い人最高宗教とかね。
夢をそもそも持っていないとダメ人間認定される空気感があるし、なんのためにやっているの?という目的、つまり夢に結びついていないとなんだか…夢なくてもやっちゃいけないなんてことはないじゃないですか。
ろこ:そうだね。
政夫:夢を持っていないと人間としてダメなんだと。勿論、夢を持っている人がそんなにいないから相対的に輝いて見えてしまうわけですが、夢持たざる者へのプレッシャーはなんなんでしょうね。
ろこ:夢…人間として正しいことをしましょうみたいな道筋でもないよね。
政夫:正しいことをやりましょうだらけだったら、『万引き家族』みたいな映画は撮られないですよ。善悪とか便利不便とかそういう尺度で図りきれないからこそ、現実というのは不条理だけど面白さもある。お前が観ていないだけで面白さの引き出しはめちゃめちゃあるんだよと転がっているわけで。
ツイッターから飛んだモビスター対カイラトを観てフットサルの見方が変わったのは事実ですが、リンク一つ飛ぶか飛ばないかで大きく変わりましたもの。
ろこ:最初はサッカーだったけど、寿命は繋がっているんじゃないのという話ですよ。
政夫:ライフステージの変化で観戦不可能とかね。
ろこ:そうだね。寿命論として、俺の問題意識はサッカーからフットサルに行きましたよって。繋がっているけど、ここからどうなっていくのか。
政夫:サッカーの寿命は尽きたという話なんですか?『ブルーピリオド』でもありましたが、好きで居続けるのは大変なんですよと。それは誰にでも訪れますし、早い話、「飽き」じゃないですか。飽きたからだし、執着する必要が無くなっただけだし。それだけですよ。
で、僕らがよく話しているのはサッカーの90分長いよねじゃないですか。長いよねというよりも長く感じるようになってしまっただけなんですが。
ろこ:それはフットサルのフィルターを通してサッカーを観ているからじゃないですか。
政夫:でもフットサルも試合時間同じくらいなんですよね。じゃあ、なぜサッカーとフットサルの時間感覚は違うのか?を訊きたいんです。
ろこ:それ言語化をするの…
政夫:それを言語化する為にラジオ配信をやっている…
ろこ:20代になって、サッカーは遠い存在なのよ。プレイヤーとして。身近なのはフットサルなのよ。個サルとかね。言い方が難しいけど、競技フットサルとエンジョイフットサルって別物じゃないですか。
それはなんとなく知っていたけど、本場のスペインのフットサルを観て「これ、違うスポーツだ」って衝撃度があって。
俺は多分サッカー的な観方から離れていないから、部分的なものを言語化していっているけど、動画の時代だからフットサルの魅力を言語として伝えていく形というのは難しいじゃないですか。
政夫:映像権利の問題もありますからね。
ろこ:サッカーを観ている人だけに伝えてもというところもあるから、フットサルというスポーツの見方を提示している人があんまりいないんじゃないかって話。
政夫:気を付けないといけないのはサッカーからも勿論流れてきますが、FリーグとJリーグは日程がモロ被りだから、どれだけFリーグに持っていけるのかは疑問ですし、なんで人々がFリーグを観に行かないのかと自戒しながら話していますが、なぜフットサルを観に行くのかというストーリー性がないんですよね。凄い近場だったら行くんでしょうね。
例えば近くのコンビニ。行く理由は近いからしかないんですよ。近くにコンビニあるのに遠いところにあるコンビニに行く理由ってないじゃないですか。そのコンビニに行かないといけないストーリーの有無なんですよね。フットサルにストーリーがあるのかは疑問で、体験も含めて。
ろこ:エンターテイメントの分野だから、エンタメも細分化していってるし、その中でフットサル入り口の問題なんだよね。俺みたいに競技やっていた人間でも隔たりがあるんだよね、入り口として。
政夫:フットサルってこんな感じなんだろみたいなイメージですよね。
ろこ:その意識の正体はなんなのか。
政夫:それは経験則だから、自分の主観でちゃんとしたフットサルを観ていないから、外に接続していないから、どう本物と出会って世界が変わるのか。それで変わった人たちは興味を持つ段階に入ると思うんです。それが持続するかどうかは別問題なんですが。
今、Fリーグって2500円とか超えますよね。サッカーとかとあんまり変わらないですよね。
ろこ:映画とそんな変わらないよね。
政夫:インターネットに接続している環境だったら、アマゾンプライムとかの定額サービスで見放題なんですよ。アニメに至っては円盤コンテンツが商売的に機能していない現状で、どうやって価値を出していくかってなると定額サービスがメインになっていて、続編を作るなら劇場版にするというビジネスモデルが提示され始めているんですけど…エンタメとして無料で体験することが当たり前になっている中で、どうやって現場にお金を落としていくのかというと、体験にお金を払っていく。
評論家の宇野常寛曰く、今までアイドルオタクは在宅でテレビを観て応援しているしか出来なかったけど、AKB48以降、握手権でアイドルに会いに行ける体験ができてしまうと。テレビの前だけじゃないんですよ、現場は。現場に落ちるようにその資金の回収モデルがあり、メディア戦略もあり、だからこそのAKB48というか、48グループというか秋元康そのものみたいな平成を彩る巨大コンテンツなわけですが。
基本的にコンテンツは無料になってしまっている。漫画村の件とかね。一応、ブロッキングという処置になりましたが、それは問題の解決にはなっていなくて。そもそも情報として価値のあるものをモノとして売ることに限界があるのだと。じゃあ、どうやって情報を売っていくのかというと、サービスや体験ですよ。
ろこ:プラットフォームとかね。
政夫:そこで、フットサルを観に行くストーリーですよね。アリーナで観る利点や地域との密着度合い、グルメや観光地との親和性とか。ブランディングの上手さは無いですよね。
ろこ:エンタメとしての動かし方を全く機能させていないということかな。
政夫:現行の試合運営、チケットを買って試合を観て終了は危ういと思います。他のコンテンツが外部と接続させて充実させているのに、試合の内容だけがチケットの価値だ!は結構危ない。
映画館は3D『アバター』や応援上映や爆音上映とかもそうですが、映画館でしか体験できないことを上手く繋げていますよね。それが当たり前になっている。早い話、コンテンツに付加価値をどれだけ作れるかって。今の所難しいですよね。
ろこ:そうだね。
政夫:話は戻りますが、寿命論はどうなったんですか。
ろこ:脱線しちゃったけど、フットサル観戦に関してストーリーがないと言っていたよね。俺も自分でコンテクストを作っていこうという感じだよね。ある情報を集めて、フットサルを説明します!じゃなくて、競技性とか概念とかを解釈して自分の言葉で喋っていこうというコミュニティの方に目を向けていくのが幸せじゃないかな。そういう寿命かな。
とりあえず自分の行動を明確化する。そこにいくまで段階があって。五百蔵さんとレジーさんの対談であったように、クラスタの分断が起きているみたいな。フットサルも追い掛ければ、詳しい人はもっと詳しくなっていく。で、飽きてくる人もいるけど、詳しい人達が集まってマジョリティになっていくみたいな。
政夫:希望論すぎるかなと思いますが。
ろこ:俺はそんな感じになると思う。その時、俺はどっちになるかだよね。
※この記事は7月に行われた配信の一部文字起こしです。