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バンクシー問題と美術教育どうなっているんだ問題

政夫:芸術の秋ですよね。秋といえば。僕らの語り口からして芸術とは程遠いような、そんな知性やセンスの欠片もないと思われると思うんですけど、僕はともかくとして、ろこさんは本当に芸術肌というか天才肌というかハイセンスの塊というか。芸術の問題をバシバシ斬って貰おうとチョイスしたんですけど。


ろこ:(笑)


政夫:バンクシー問題です。

バンクシーが描いた風船と少女が一億何千万で落札されまして、その直後に額から絵が飛び出してシュレッダーに掛けられ、裁断されてしまったという。これは作者のバンクシーによる意図的なものだったのですが、バンクシー曰く「破壊による創造」とのことですが、単にこの破壊と創造の二元論的な話ではなくて、芸術というのがそもそも権威主義的で商業主義的の権化であると。

例えばバンクシーが描いた絵がいくらいくらで落札されましたって。これがいくらいくらで落札された絵なのかと僕らは観るじゃないですか。その時に、なるほど確かにこれはいくらいくらの絵だわって、意味のないハイセンスのためのアイテムになってしまっている。この絵の価値が分かる俺という自意識のためのツールになってしまっているんですよ、芸術が。それが権威主義的で商業主義的なんですよ。

例えば5億円の絵があるとすると、この5億円のついた絵の価値が分からない俺は惨めじゃないですか。でも分かる人には価値の分かる人になる。そうやって区分けされるんですよね。でも、それは凄いどうでもいいことなんですよね。
バンクシーがやろうとしたことって、ザックリいえば資本主義に対するアンチ資本主義みたいな話なんですよね。オークションなんて権威主義で商業主義の権化ですよ。
そのオークション会場で高値のついた絵がバンクシー自らによって破壊されるというのは超皮肉なんですよ。


ろこ:おー。


政夫:一億何千万ついた絵が作者によって破壊されることで、お前たちが競合してきたこの絵の価値とは何なのかを突き返す・問い直す意味がバンクシーの破壊による創造として展開されたわけですけど。
これの悲しいところって、資本主義の枠組みでしか資本主義を批判できないというジレンマなんですよね。


ろこ:そうだね。


政夫:同じことをミシェル・フーコーが指摘していて。資本主義に対する共産主義があって、資本主義なんてクソだ!とか言いながら、共産主義に耽っていてもその情報は資本主義によってその人の手に渡っていくじゃないですか。結局、資本主義のマーケットを通さないと手に入らないじゃないですか、知識は。
結局、資本主義の中でしか共産主義を語れないみたいなフーコーのジレンマというか皮肉なんですけど、バンクシーも結果的にそうなってしまっている。
芸術の権威主義や商業主義に対して、揶揄するようにシュレッダーに掛けて破壊して、お前たちが価値を付けたこの絵を破壊してやったぜ!みたいな。これも破壊による創造なんだよと言っても、このようにニュースになった時に、改めて価値を問われた時に、より価値が向上してしまっている。資本主義への警句として行われたのに、結局資本主義の中で消費されてしまう虚しさですよね。


ろこ:意図してやるのと、本当に破壊を目的にしたのでは全く意味合いが違うよね。アートって究極的にいえば個人のものだと思うけど、バンクシーがやったのはアートなんだけど破壊による創造というパフォーマンスに思えるんだけど。


政夫:それはありますね。パフォーマンスなんですけど、オークションだとかで高値で取引されているのって馬鹿らしいじゃないですか。絵の価値に縋る権威が見え隠れし過ぎているし、それで成り立つ商業感覚とその商業性で自意識を満たす消費者側。このセンスの私!この絵にこれくらいの値段をつける私凄いでしょ!みたいな。
それって本質からズレていると思うんですよ。
芸術ってそんな卑しいものなのって。

勿論、どんなジャンルでも高尚であれ高潔であれビジネスを切り離せない関係だというのは重々承知の上なんですが。
バンクシーもそれを百も承知なんでしょうけど、パフォーマンスに走ることで本当の価値を問い直していると思います。既存のシステムに対するカウンターとしてシュレッダーを仕掛けたんでしょうけど、そのパフォーマンスが思いの外ニュースになってまたバンクシーというアーティストの価値を高めてしまった。

その価値の上昇は、バンクシーが計算していたのと違う種類のベクトルではないかと思うんですよね。パフォーマンスによって上がる名前の価値として、権威主義への反抗だ反逆だ!みたいな名前の上がり方を考えていたと思うんですが、それを一歩超えちゃって、パフォーマンスをしたことでバンクシーの行為がニュース的に消費されるだけになってしまった。

その結果、より商業的価値が高まってしまったのではないかと。本来は商業的価値を抹殺する為に行ったのに…虚しいですよね。


ろこ:うんうん。


政夫:果たして芸術の消費のされ方ってそれでいいのか?という問いがありませんか。


ろこ:いいね。そういう感じ。


政夫:結構危ういなと思っていて。自分のハイセンスを確かめるだけの場所になっちゃっている。


ろこ:うん。それは自分の立ち位置が分かるからいいことだと思うけどね。ハイセンスという言葉に誤魔化されつつあるけど、感性というか、それをビジネスにしにくい社会だと思う。教育的には人と違うことが評価されにくい分野だろうし。


政夫:一応、補足として日本アート村や世界のアート村の乖離やら逆輸入とかありますが。


ろこ:結局どっち側の問題なのかみたいな。需要と供給的に。


政夫:供給側では。アートの世界のみならず、供給過多は陥り易い罠ですが、需要を見越した上で潜在的需要含めてやらないと既にワン・アクション遅いよねみたいな。結局、先にやったもん勝ちなんですよね。パイオニアとして。細分化しすぎの影響で。

例えば、ゆるキャラとかそうですよ。各自治体がゆるキャラを生産して死亡しているじゃないですか。何番煎じみたいなことやってもウケないんですよ。劣化の劣化の劣化のコピーをやっても。

子どもたちを甘く見過ぎている気がしますね。子どもは大人よりも純粋無垢で世界を捉える観方というのはシンプルで力強いと思うんですよね。大人は僕みたいに理屈を捏ね繰り回して観ているものが見え難くなっていることって多々あると思うんですよ。


ろこ:うん。


政夫:子どもウケと子ども騙しは違うという話は以前したと思うんですけど、子どもを舐めすぎていると痛い目に遭うというのはどの業界もあると思っていて。

子ども向けアニメを観て大人も一緒に観たら大人もハマったみたいなのあるじゃないですか。体験談として。それは当然なんですよ。子ども向けだろうが大人でも楽しめる造りになっているのは当たり前なんですよ。それなのに子ども向け=レベル低いと思っている時点でお前の方がレベル低いという話なんですけど。


ろこ(笑)


政夫:その辺を単純化し過ぎてる方が、大人の方が馬鹿なんだろうなって。そういうの込みで市場を睨んでいる人の方が上手く展開していると思いますし。

…子どもの話になっちゃいましたが(笑)


ろこ:教育の話にしようか。落合陽一が。


政夫:またか!


ろこ:(笑)鑑賞教育が日本を再興するには重要なファクターだと言っていて。鑑賞ってアーティスティックに思わない?


政夫:音楽鑑賞が趣味って言っている人はなんかクラシックとか聴いているのかなって思っちゃいます(笑)


ろこ:鑑賞できる人って自分の好きなことをきちんと言えると思うんだよね。出来る人と出来ない人の差が結構あると思う。出来る・出来ないの行動原理や習慣を見直していくと鑑賞教育にぶち当たるんだよね。


政夫:鑑賞教育だったら、今、美術の話をしているから繋げると、日本の美術教育って論外だと思うんですよ。ハッキリ言って全く機能していないし、美術の可能性を潰してしまっている。


ろこ:教科書問題じゃないのかな。


政夫:教科書というか、絵上手く書けない=ダメ、デッサン上手くないとダメみたいな技術至上主義によるところじゃないですか。上手くないと褒められない辺り。


ろこ:それはコミュニケーションの問題じゃないの。


政夫:デッサン上手いけどアート力は落ちていくみたいなこともありませんか。


ろこ:分かるけど、まず書いているから。実行しているから。先ずは書いてみるところから始めないといけないんだよね。下手でも書いて、何が下手なのか言ってくれないと伸びないと思うよ。


政夫:僕はそれが技術に因り過ぎていると思います。それこそ鑑賞的な目を養うならば、技術的な部分によらない方法もあると思います。例えば絵を見に行く時って、極論、技術論とかどうでもいいじゃないですか。そんなところじゃないでしょみたいな。


ろこ:そこじゃないの。(鑑賞的に)出来る人と出来ない人の文化とか。


政夫:僕は大人になってからですもの。絵を書かなくなってからですよ。

高校生の時の選択科目が美術だったんですよ。恥ずかしい話ですが、絵を全く描かなかったんですよね。風景画がテーマで、学校の風景とかをスケッチしてこいみたいなので、友達と外に出て遊んでいたんですよ、その時間ずっと。

で、提出間際になったら友達が描いた絵をコピーして、丸写しして提出する…友達と同じところでロケハンしているので同じ構図の絵にはなるんですけど、まるっきりほぼ一緒で。

オリジナルの絵を描いた友達の絵は10段階評価中5だったんですよ。僕も5だったんですよ。そのオリジナルをコピーしたので。もう一人の友達は6だったんですよ(笑)


ろこ:(笑)


政夫:オリジナルよりも評価が高いという。


ろこ:そこだよね。


政夫:何も言われませんでしたよ。


ろこ:そこから、なんでその子が良かったのか考えないと、鑑賞は伸びないよね。


政夫:当時の記憶を手繰り寄せれば色彩の鮮やかさはオリジナルを越えた彼だったと思います。ただ、人間を描く時に橙色を素直に塗るの普通じゃないですか。それだったら写真でよくね?みたいになりませんか。目に見える捉え方というか写実的に描いても面白いと思う人と面白くないと思う人がいる中で、色ってのはもっと自由だと思うんですよ。


ろこ:おー。


政夫:考えたりしませんでしたか。なんで昔の人はこれを青色と定義付けて断定できたのかって。みんなと一緒だと。なんで人間の僕たちが見ている青ってこんな色なのに、犬から見た青って何色なんだろうと考えたりしませんでしたか。


ろこ:いつ考えたか、だよね。


政夫:不確かじゃないですか。それなのに、その色じゃないよこの色だよって言われるのはどうなのよって。その強制。正しい色を塗ることが果たして正しいのか。


ろこ:だから、元々そういうもんよ美術は。でも主観やら常識みたいな洗脳が入るのよ。これならこの色だと。そこで、違うことを描けた人がその分野では才能があると。


政夫:それを殺していますよね。


ろこ:完全に殺しているな。


政夫:全然機能していないじゃないですか。教育として。デッサン力がある人だけが美大に行けるみたいな。山口つばさの『ブルーピリオド』なんてまさにそれですよね。


ろこ:読んで欲しいよね。


政夫:渋谷の街を青に塗ったシーンなんて、それじゃないですか。


ろこ:ホンマや。そうや。


政夫:彼の目には渋谷が青に映っていたんですよ。それでいいんですよ。彼以外の人間が渋谷を観たら青に映っていないのかもしれないけど、彼の目には青として映っていたのだからそれでいいじゃないですかって。なのにそれを殺していますよね。もっと自由なのに。色や線は。


ろこ:彼はそこから美術にハマっていくよね。


政夫:勿体無いですよね教育的に。絵を書くことは本当は自由なことなのに…絵を描くことが嫌いになったり、遠ざかったりしてしまった人って多いんだろうなって思います。


ろこ:『ブルーピリオド』の話なんだけど、主人公が塾に行き始めるのよ。


政夫:第1巻ラストで行きますね。


ろこ:それで気付くのよ。この塾は芸大に入るための絵を描いているのか、絵が上手くなるために描いているのかって。


政夫:クリティカルですね。まさにそれが欲しかった(笑)


ろこ:彼はある答えに辿り着くんだけど、理論を学んだとて上手くなるとは限らない世界じゃないですか。


政夫:それはなんでもそうですよ。実践と理論はまた別なんで。


ろこ:彼は理論は感性の後ろにできる道という答えに辿り着いて、こっからキュッと上手くなるシーンが凄い俺の中では(絶句)


政夫:理論は補強するものですよね。MLBヤンキース田中将大が、データをあまり観ないと言っていて。野球って滅茶苦茶データ化されていて。物凄く分析されているんですけど、感覚的なもの、投手ならではの勘みたいなのを最後に支えるのがデータだと言っていましたね。データが先じゃないんです。投手としての本能が先にあって、データが後にあるんですよ。

ただ、これが田中将大がネイティブなデータ人間じゃないからなのか、もっと若い世代がデータに触れているのが当たり前になったら、ネイティブデータ人間が出てきた時に果たしてデータが先か後かってのは面白い話になると思うんですけど、どのアスリートも選手としてのキャリアとか勘とかをバックボーン的に支えてくれるのがデータという捉え方をしていると思うんですよね。

『ブルーピリオド』にあったように。ただ、まさに学校に受かるためのトレーニングなのか、絵が上手くなるためのトレーニングなのかってのはクリティカルなポイントですね。
ミクロかマクロかでいえば、上手く絵を描くことがマクロで、学校に受かることはミクロですよ。


ろこ:うん。


政夫:だって学校に受からなくても絵は描いていけるから。


ろこ:好きこそ物の上手なれ。彼は大学に受からなくても描き続けるでしょ。


政夫:そうですね。止める理由がないですし。


ろこ:アーティストってのは発見していく人なんだろうね。

バンクシーの件も含めて、物凄く闘ったんでしょうね。それを聞くと違うバンクシーさんが見えるんじゃないですかね。


政夫:おっ!纏めてきましたね(笑)


ろこ:(笑)

 

※この記事は10月に配信したものを一部文字起こししたものです。

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