おおたまラジオ

ぼくはいったいなにから逃げているのか?

2019年の抱負~ナナメの夜明け

あけましておめでとうございます。

2019年も『フトボル男』をよろしくお願いします。

サッカーなどを観なくなって久しいのに、未だにブログ名はこのままでいいのかと年中問われているような気がしますが。

このブログに辿り着く人の割合としては、やはりサッカー関連は多いですし、ブログ名も相まって、なんか謝りたい気分にはなります。

 

今年は、このブログ上でも確りしたものを一本書き上げたいと思っています。

(連載)形式問わず、まずは現状の自分が初めて納得できるものを完成させたいと考えている。昨年に書いた

futbolman.hatenablog.com

は、ミステリ小説におけるミステリの細部を論じて詰めるものではなく、「テン年代的物語消費」の観点で解体した実験的な試みではあったので、とても印象的なのですが、このような独創性を大事にしたい。間違いなく『宇宙よりも遠い場所』を観ていなかったら書けなかった…ありがとう『よりもい』。

その際には昨年末のおおたまラジオ第5回にて、える・ろこさんに指摘された「分かり易さ」が大事な距離感になるでしょう。

もう少し、噛み砕いた言語表現を意識する一年にしたいと思っています。

2018年はインプットしたコンテンツが、点となり、各所で線が結ばれる快感が生じるような出会いが必然的に増えたので(年齢を重ねることの意味)、2019年も思いがけない偶然的でもあり、結果的に必然的な豊かさを求めていきたい。

 

また「おおたまラジオ」をどのように作っていくかを、もっと考える一年にしたいです。

テーマは「ナナメの夜明け」。

これはボツになりましたが。

語るための「場」を作るコンセプトから、「場」を作ることが目的化せずに、「場」を手段としてどう展開していくかという話として。

現状「おおたまラジオ」は、質量が伴っていない状態なのは事実です。

私とろこさんが駄弁っているだけの状況に、どれだけの価値があるかは不透明でしかない。いや、価値は発生してすらいないでしょう。

もっと深さを出していく作業と、広さを作っていくための努力は別物として、手応えと呼べるものを模索していきます。

アウトプットの体力作りは勿論のこと、その質をどこまで向上できるか。

宣伝広報活動を意識的に取り組むことは大前提として(今まではそれすらサボっていました)、質を上げてもそれが、伝えるコトと伝わるコトかどうかは別問題であるから、おおたまラジオのツイッターアカウント運用も含めて見直しが必要です。

今のアカウント運用は、ブログ更新しましたツイートとアニメとバラエティの感想ツイートという私的なものでしかない。

私という「中の人」の趣味丸出しが、「おおたまラジオ」のアカウント名とキャラ付けといった記号性と連帯していくことは如何なものなのか。

公共性とは何なのか。

アカウントと肝心のラジオの結びつきが無い事実を踏まえても。

色々、問題だらけです。

けれども、一部SNS上でお褒めいただきました『ボヘミアン感想回』(『GRIDMAN』に侵食されていますが)のように、この世界に見てくれている人はいるんだなという事実だけで、私たちは癒される(笑) 

futbolman.hatenablog.com

恐らくこのブログを読んでいるであろう、あなたの存在を、私自身は認知できないけれども、それだけで救われるところはあります。

こうの史代の『この世界の片隅に』の「世界」と「片隅」の対比における「片隅」で生きていくことの意味や、すずさんが日常的に絵を描くことの意味は、改めて私たちに問いかけていると思います。

謙虚に慎ましく生きろ!なんてことじゃなく。

 

ナナメの夕暮れ

ナナメの夕暮れ

 

 

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)