フトボル男

「お前どっから来た?」「未来から」

フットサルと出会ってサッカーのことを考えました

フットサルを観始めてから三ヶ月が経ちました。フットサルから得た衝撃は近年でもトップクラスの体験で、今ではフットサル観戦が趣味の一つとなっています。マジ感謝。

futbolman.hatenablog.com

 

本記事は、フットサル×サッカーの可能性について…それを書けたらいいですが残念ながら私には書く能力が無いので、フットサルを観てから思ったことについてだけです。なので、普段の分析記事とは違う内容となっています。

 

【ピッチ内外と未熟者】

私は自称サッカーの戦術オタクです。自分なりに色々と記事を漁ったり、試合を観たりして戦術的要素を学んできました。それは、試合中に発生した現象について「何故、起こったのか?」という疑問を突き詰めたくなったからこその情熱によるものといっていいでしょう。その疑問のモヤモヤに対しての明快さが欲しかったからで、それは何よりサッカーが好きだったから維持できたものかと思います。多くの人と同じように私は大して好きでは無かったら、そもそも流してしまいますから。

それでよく分かったのは、90分という文脈の大事さ。ゴールには不運な要素もあるけど、デザインされたものもある。つまり必然性=再現性の高いゴールです。一つのチームを追っているファンが描き易い自軍のストロングポイントみたいなものですね。選手の特性とチームとしてのスタイルのハメ方を監督たちは日夜マネジメントしています。

贔屓のチーム以外は観ないって人もいるでしょうが、その他のチームも観るよって人もいますよね。

その時、普段あまり観ないチームを観ることでの新鮮さと情報量の多さには目が眩みますが、1試合観ただけではなかなか判断が付かないことはよくあることだと思います。どこまでがデザインなのか。それは毎試合観戦している熱心なファンでさえも、スカウティングの範囲内外の見極めって難しいでしょう。それでも、だからこそ複数の試合を観て、意見交換をすることで知識のアップグレードを図る…血肉になるのは大変ですよね。何事も。その楽しくて面倒なことをしても、ピッチ上の現象からしか結局は読み取れません。ピッチ外は観測できないですから。だから、突き詰めると真の解ってのは内部関係者に訊くか、スパイを送り込むかくらいしないと分からないものです。ただ、熱心であればある程度は予想が立つかもしれません。その姿勢を維持することは一つのチームだけを追い掛けるのも大変なのに、相手チームのことも計算するとなるとこれはもう途轍もない情報量に迫られたりしますよね。

だから、持論ですが、濃密なプレヴューを書ける人は雲の上のような人だと思っています。ぶっちゃけ、試合が始まったら予想と展開が違ったなんてよくあることじゃないですか。それこそ的外れなことも。それでも両チームを検証して想定を見極める価値って、試合が終われば流されてしまうプレビューなどは、圧倒的情報過多の社会では霞みがちですが、そういう書き手の存在がいるからこそ情報が渇かないと思ったり。とても私にはできない芸当なので憧れのようなものですが。

観測できる範囲と観測できない範囲。

そういった壁に真面目に悩んで、一時期はサッカーが観れなくなりました。自棄です。カッケー風にいえばスランプです。ただ、野村克也の「未熟者にスランプは無い」が刺さりますが。

 

【フットサルによるファーストインパクト】

そんな時に、フットサルに出逢ったわけです。もうビックリしました。私が知っていたフットサルってフットサル紛いのものでした。所謂ミニサッカーの延長のようなもの。フットサルに対する理解があまりにも無かった自分が恥ずかしかったくらいです。

それから、試合を観つつ本を読んでフットサルの観戦のノウハウを学ぼうと思いました。その時に役に立ったのが、ミゲル・ロドリゴフットサル日本代表監督ミゲル・ロドリゴのフットサル戦術 パーフェクトバイブル』でした。マジ感謝。フットサルに興味ある人は読んでみて下さい。

戦術を学ぶことで、サッカーの時と同じようにフットサルについての疑問を解消しようとしました。

そして気付きました。そもそもフットサルに文脈ってあるのか?

サッカーと同じようにシステム的分析記事が書けそうに無いのです。フットサルはサッカーと違ってピッチは狭いです。プレスを掛け続けるのは当然。そのためサッカーのように数的優位を作り出すよりも、フットサルは均衡状態をどのように崩すのかが主題になります。だからこそFPの質がより必要というか。サッカーでも下手くそはいますが、人数が多い(10人)ので技術的なカバーが出来ます。フットサルはゴレイロを除いてFPは4人だけです。4人の技術力がダイレクトに戦局に反映されます。

フットサルの試合を観ると分かりますが、偶然発生した現象(ミス含めて)が失点に繋がります。デザイン性の攻撃もあります。定位置攻撃、カウンター、カウンター返し、セットプレー、パワープレーなど。

しかし、サッカーと同じようなノリでシステム論的に分析するのって無理。どこまでがデザイン(応用的)なのかよりも、その辺ってセオリーの領域だったりするので。オーガナイズされたパターン化の応酬って意味。そのディティールには個人戦術が集約されています。その攻撃者、守備者のミスがゴールに繋がるイメージ。偶然的発生した現象とデザイン性の区別は解釈の仕方次第というか。観戦者、書き手によるところが大きいです。ただ、プレーの連続性を一つ一つ細分化して分析するのは可能。それを行うと、2枚~3枚の関係性が大半なのでチーム全体(FP4枚)のデザインと言っていいのかどうか。どちらかというとグループ的であるので。だから、フットサルの分析記事を書ける人は、私にとってはこれまた雲の上のような人。住所は雲海ですよ。

 

前述のようにサッカー観戦で迷わなくてもいい山に入り込んだ私が、フットサルではそれに近しい山と直面したけど、そもそも登れない山(蜃気楼)だったというのがなんともシニカルで笑えました。

なんか楽になったのは事実で、割りきれなかった部分が割りきれるようになったというのは清々しいですね。

でも、理解する努力を止めないのは超大事。これからも変な山と雲に出会うかもしれませんが、その度に迷い込んでやるって意気込みです。

 

【ピヴォ(CF)再評価論】

サッカーを観始めた時、自分と同じポジション(SHとFW)の選手を意識していた。基本的には攻撃的ポジションの選手。日本人選手でいうと高原と久保。

FWは花形。サッカーは点が入らないロー・スコアスポーツ。一点の価値が馬鹿重い。だから、試合を決めることができるFWは多額の移籍金を投じなければならない。そんなの当たり前のことでしたが…。

段々、観戦を重ねるようになってビルドアップから前進のプロセスが愛しく思えてきた。守備者の攻撃的センスが垣間見える瞬間です。リーガを観てきたからこその価値観かもしれませんね。その傾向が強くなっていく内にCBとSBとCHに意識がいきました。

その時も別にFWを軽視していたわけではないのですが、あまり関心は向かなくなりました。ゴールの結果よりも過程といったように。

 

フットサルと出会ってぶちかされました。厳密に言うと、バルサのピヴォのFerraoの存在によって価値観がぶっ壊された。

フットサルも一点の価値は馬鹿重いです。バルサのフットサルを観て衝撃を受けましたが、なかでも彼のプレーはもう信じられない。一度観て下さい。観て凄さに震えて感動して下さい。

 

ピヴォって前進の基準です。フットサルはサボれませんが、どこまでプレスバックするのかという問題もあります。カウンターの基準点が戻りすぎると、トランジション時に攻撃のテンポを上げられなくなります。フットサルにおいてもその微妙な関係と隣り合わせです。基本はDF時は旋回しながら相手を見つつスペースに入ります。

定位置攻撃として、フットサルにはピヴォ当てという戦術があります。フットサルナビによると、100年以上続いている戦術らしく、もう絶対的で不変です。

フウガドールすみだの須賀監督は自著で「ピヴォは特別なポジション」と述べています。

先日、シュライカー大阪の木暮監督は自身が率いた試合を監督自身が解説するという超レアなテレビにて「ピヴォのいるセットとピヴォのいないセットでは、機動力やボールの回し方ではピヴォのいないセットの方が回っていたが、ピヴォがいないのでパンチ力が無い」と仰っていました。その試合ではピヴォを欠いていたので、より歯痒い気持ちが画面越しでも伝わってきました。

 

リーガにはアスレティック・ビルバオというチームがあります。CFはアドゥリスだったり、偶にイニャキのパターンもあります。前者は前線でガッチリ固定。後者は流動的。どちらもチームに大きな違いを生みますが、個人的にはアドゥリスのケースの方が恐い。チームとしての成熟度もあると思います。イニャキのパターンも面白いですが、それは彼自身のゴールゲッターとしての能力や裏の取り方など課題が多いのもあって。チームとしてのグランドデザインの共有にも繋がりますよね。前線の位置が固定的か流動的なのかって。勿論、これはあくまでも一例ですけど、木暮監督の言わんとすることがそのまま当て嵌まります。

 

バルサカンテラの関係者が「9番(CF)は育てられない」とコメントしていたのを読んだことがあります。

スペイン人FWがビジャ以来パッといない(代表復帰おめでとう!)のは、海外サッカーを観ている人には周知の事実でしょう。CF起用よりもセスクの偽9番推しでしたからね。

リーガから国外に移籍して失敗したスペイン人FWのケースは印象的な選手が多いです。ソルダードイアゴ・アスパス、ファンミなど。それらの多くはリーガに戻ってきました。海外リーグへの適応にはスタイルや言語や環境が含まれます。彼らを活かす土壌なども。だからスペイン代表ではアレですが、ジエゴ・コスタみたいな分かり易い方が生き残るのも分かります。

当たり前の事なのに、当たり前の事すぎて曇っていたのでしょうか。

今、何周かしてピヴォ(CF)再評価論が私の中でブレイクしています。一番気になるポジションになっています。そういう意味で、エバートンのサンドロは気になっています。彼はどうなるでしょうか。

 

サッカーファンでもフットサルから得るものはあると思います。フットサル要素をプレーに落とし込むことなんて育成年代ではよくあることです。ネイマールとか。日本では競技フットサルの理解が体系化されていないので至っていませんが。

勿論、競技者のみならず観戦者も同様に得るものはあると思います。フットサルは凄いです。サッカーの勉強を兼ねて観るのも良いと思います。その志は素敵ですから。そして、きっとフットサルが好きになるでしょう。私のようにハマっていくはずです。Fリーグの観客動員数が伸び悩んでいたりする中、AbemaTVが中継を行うことで潜在的視聴者数が分かるようになってきました。AbemaTVで観ることができるから、会場まで足が伸びない層をどのように動かすか。試合の魅力含めたコンテンツ力が試されている時期かもしれません。フットサルはマイナースポーツかもしれませんが、フットサルに興味ある人は多いです。それをどのようにしてファン層として定着していくかはフットサル界の命題でしょうが、私は引き続きフットサルを観ていきたいと思います。プロの書き手のみならず、素人レベルでさえも情報が不足していると思うので、それを上手くブログなどで記事化・表現化できれば良いのですが、上記のように試合分析の壁があります。なので試行錯誤中です。

コンテンツとしてもっと発展して欲しいですから、少しでも情報の足しになれば幸いです。

皆さんもフットサルを観てみて下さい。楽しいですよ。