おおたまラジオ

読書、サッカー、など。

『俺ガイル』・小休止・メモ

先日、『俺ガイル』連載シリーズの前期(1巻~6巻分)が終了しました。 futbolman.hatenablog.com 前期と後期に分けているのは僕の都合でしかありませんが、こんなに長いのに変わらず付き合っていただいている読者のあなたの存在で僕は救われています。本当…

サブカルチャー化した文学から呼びかけられている――『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(8)

これまで見てきましたが、6巻までに比企谷八幡の独我論的な潔癖的倫理観は、自己肯定から自己嫌悪への反転を促しました。この転化はある意味では前期の集大成ともいえるし、後期の「まちがう」構造的反復性の起点になるのが6巻である、その目安ともいえるで…

サブカルチャー化した文学から呼びかけられている――『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(7)

5巻では、比企谷八幡が相対的な「他者」と触れ合いながら孤独の肯定を反復的に行い、そして潔癖的倫理観が独我論とイコールである、と平塚静に指摘されることが印象的です。これまでの「潔癖」は5巻から引用してきたものでしたが、その「一人性」を正確に突…

サブカルチャー化した文学から呼びかけられている――『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(6)

4巻冒頭では、夏目漱石の描いた「淋しさ」を「個人化」と読み解き、敷衍するようにしてぼっちの肯定をします。ぼっちを肯定すること自体は、これまで見てきた通りに反復的と言っていいでしょう。孤独は「個人の精神性」を表し、文学的に内面としての「淋しさ…

サブカルチャー化した文学から呼びかけられている――『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(5)

高校2年生の一年間を丸々と描いたのが『俺ガイル』になりますが、もちろん高校生活は語られないだけでそれ以降の3年生、あるいはそれ以前の時間(1年生)があるにも関わらず、なぜ2年生という一年に物語を集約したのかはメタ的に読むならば、1年生時の比企谷…

サブカルチャー化した文学から呼びかけられている――『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(4)

依然として、3巻でも「変わらなさ」の象徴のように孤独を自己肯定する反復があります。一人ぼっちに対するイメージの打破、それ故の「他者」との衝突。過去の自分を引き合いにアイロニカルに「ネタ」にすることで自己防衛する比企谷八幡と、「他者」としての…

批評と私

僕に「批評」は書けない。だから、僕は「批評」に憧れている。 これまで書いてきた記事は少なくとも「批評」と呼べるものでもない。カテゴリは分からない。なんと呼ぶかは自由ですが、「批評」だと思ったことは一度もありません。 「批評」とは何か。 端的に…

サブカルチャー化した文学から呼びかけられている――『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(3)

2巻では川崎沙希の登場もあり、ヒロイン候補の拡張が行われていきます。作中のハーレム展開=マルチヒロインとするならば、1巻から登場している戸塚彩加が本編中でもネタ的にジェンダーに配慮した「ヒロイン化」の描写があり、平塚静も同様にエイジズムに対…

サブカルチャー化した文学から呼びかけられている――『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(2)

青春とは嘘であり、悪である。 1巻の冒頭にある比企谷八幡の自覚的なアイロニーは「青春」が醸し出してしまう欺瞞に込められています。「青春フィルター」を介することで、自己陶酔と自己欺瞞を正当化するリア充たちは「嘘であり、悪」であるから「正しく」…

さやわか『僕たちのゲーム史』感想 僕たち・歴史・未来

予め断っておくと、僕はゲームに詳しくない。 最後にプレイしたゲームはPS2の『バイオ4』になると思います。それくらいにはゲームに無頓着であるし、自分の可処分時間をゲームに充てるという生活サイクルではありませんから、本書に出てきた固有名の並びにも…

サブカルチャー化した文学から呼びかけられている――『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(1)

いわゆる「文学」とコミックやアニメといったサブカルチャーとしてくくられる領域の接近や作家の創作スタイルの類似、もしくは作者自身のジャンル間の移動として受けとめられがちであり、ぼくもまた一方ではそのような側面に必要があれば言及してきた。けれ…

『SSSS.GRIDMAN』 響裕太への批判・屈託のなさ

今、再放送を観ていますが、懐かしい。 その当時も、リアルタイムで観ていて色々語った記憶はありますし、それなりにインターネット上では盛り上がっていたはずではあったけども、今となっては宝多六花と新条アカネのWヒロインへのフェティシズム以外「人気…

吐き気という身体性の発露--ブログを書く理由

あけましておめでとうございます。 2010年代の総括という名の私的な記事がちらほらと目に留まるようになりました。もちろん、私的であろうが主観的に記録として残すことは大事な営為であることには違いありません。 むしろ2020年代は「コレだ!」的なイデオ…

師匠

内田樹の著作を読むと随所に師弟関係の話が盛り込まれている、と思っているのだけど、端的に言えば「師との出会いを通した人生の豊かさ」になるのかな。そんな「師」と仰ぎ見る存在を持つことの意味を色々と記していたりするのだけど。 僕にも師匠と呼べる存…

暗中模索・書くことの難しさ

ブログ上ではこの数か月、『俺ガイル』読解に費やしてきたわけですが、4巻の記事を書いたところから具合が悪くなってしまった。正確には5巻の記事の準備に取り掛かっている辺りで。 健康の問題というよりも「このまま読んで、書いてみても、想定していた以上…

渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』4巻 漱石『こころ』から鋳型に入れたような性悪説と性善説への留保

夏目漱石の『こころ』に関する比企谷八幡の読書感想文が4巻では象徴的な意味を持っています。 彼にとって『こころ』は人間不信の物語であり、ハッピーエンドを否定していると読み解けている。ただそこには人が個人として抱かざるを得ない孤独があり、それを…

渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』3巻 すれ違い・客観性・自意識の保守性

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。3 (ガガガ文庫) 作者:渡航 発売日: 2012/11/02 メディア: Kindle版 孤高こそ最強である。 これまでのようにボッチの正当化の反復が見られます。つながりは弱さを生むものであり、即ち孤高である自分は強いとする2巻…

渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』2巻 非同期的な不完全的なコミュニケーションの始まり

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。2 (ガガガ文庫) 作者:渡航 発売日: 2012/11/02 メディア: Kindle版 ボッチであることを正当化する内省は、比企谷八幡自身の矜持のように描かれています。 群れることを弱い草食動物のように例え、逆説的に孤高であ…

渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』1巻 「まちがっている」ことで始まる二項対立のカウンターと反復的な温存性

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 (ガガガ文庫) 作者:渡航 発売日: 2012/11/02 メディア: Kindle版 青春とは嘘であり、悪である。 この一文から作品は始まります。 「青春フィルター」というバイアスは、比企谷八幡曰く全てを正当化するために「青…

近況報告*僕は書けなかった

書かなかった。書けなかった。 この違いは大きいわけですが、僕はどちらかに割り切れないまま往来するようにして悶々としていた。 スランプなんて格好いいものじゃない。野村克也に言わせれば未熟者にスランプは無いらしい。じゃあ、スランプは縁遠いものに…

山崎亮『コミュニティデザインの時代』を問う 公共性と「活動」の再編

futbolman.hatenablog.com 本稿は上の文章の延長にあるので、まずはそちらを参照していただきたい。 取り上げた山崎亮の本に対して、私はハンナ・アーレント的であると最終的には位置づけた。不透明になった公共性と「私」と「公」を結ぶ中間領域(つながり…

山崎亮『コミュニティデザインの時代』感想 つながり、中間項、「活動」を求めて

コミュニティデザインの時代 - 自分たちで「まち」をつくる (中公新書) 作者:山崎 亮 出版社/メーカー: 中央公論新社 発売日: 2012/09/24 メディア: 新書 コミュニティデザインとは何だろうか。 最初にコミュニティデザインについて単語毎に分けて見ていく。…

本と私 いかに時間を調整していくか

本を読む際には「中」を読むのと同時に「外」を読むことが大事だと考えています。 本を読むのは大変です。 なんといっても「読む」ことが難しい。只でさえ「中」を読むのに四苦八苦するのに「外」も読まなければならない。 昨年末から「文学」について考えて…

田中辰雄 浜屋敏『ネットは社会を分断しない』感想 それでも分断を引き起こしかねない内面性

ネットは社会を分断しない (角川新書) 作者:田中 辰雄,浜屋 敏 出版社/メーカー: KADOKAWA 発売日: 2019/10/10 メディア: 新書 本書の結論はまさしくタイトル通りとなる。 この結果は、事前の私たちが抱くような一般的なイメージや価値観や分断を促してきた…

オスカル・P・カノ・モレノ『バルセロナが最強なのは必然である』感想 サッカーを批評するということ

バルセロナが最強なのは必然である グアルディオラが受け継いだ戦術フィロソフィー 作者:オスカル・P・カノ・モレノ 出版社/メーカー: カンゼン 発売日: 2011/09/08 メディア: 単行本(ソフトカバー) 本書には明らかに言葉の回復と再起動が立ち上げられて…

『俺ガイル』を通した内省的なあとがき

futbolman.hatenablog.com この一か月間は、日夜文学について考えてきました。 その中で、文学とは「時間軸を作る」ことだと一時的な結論を出しました。 むしろ、文学のみならず批評などの二次創作含めた表現全般に言えると思いますが「語り直す」ための時間…

渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』 サブカルチャーの現場から文学への素朴な応答

「体験に対する胎盤」たりうる物語の「かたち」とは何か、が本書における最大の問いである。それはまた、様々な物語を通過儀礼という「凡庸」で「紋切り型」の「物語」に徹底的に還元することで、その可能性を探ろうとする試みでもある。現代文学がそのアイ…

『選ばれた子』

人が嫌いだ。 馴れ合うのは疲れる。人と話したくない。 だから、声なんかいらない。 そう、少年は願った。 ある日、少年は声を失った。会話することに疲れていた少年は口を閉ざし、心までも閉ざした。 そして他人と距離を取り、少年は疲れることすらも止めよ…

新年!2019年が終わってない

タイトルにある通り、2019年の振り返りも2010年代の総括も終わっていない。 何ならゼロ年代の亡霊を葬る祈りもまだ途中。 テン年代の亡霊って出てくるもんなんですかね、とか考えると、私は2010年代を「眼差しの変容」と評したい気持ちもある。 圧倒的な情報…

なぜ、おおたまラジオは挫折したのか

最後にラジオを配信してから半年が過ぎようとしています。 およそ一年弱、月一ペースで配信をしていた私たちがなぜ沈黙をせざるを得なかったのか。 これは内省的な文章でしかありません。 まず前提として、これまで依存していた配信環境のサービスが終了して…