フトボル男

サッカー、フットサル、読書、冗談。

問おう、貴方が未来の読書家か

本が好きだ。

現代の本好きの大半は紙の本に慣れ親しんでいると思うが、市場を鑑みれば電子書籍の波が大きなうねりとなって飲み込んできている。

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ここでアンチ電子書籍として攻撃するつもりも、紙の本こそ至高だと持論もとい愛情を叫ぶつもりもない。

愛情とは特定の限定された対象に対するコミットメント、つまり執着の一つである。/限定であり、固着であり、不動性であり、不自由であり、したがって我々の観点から見ればはっきりと生の対極、すなわち死につながっている。 菊谷和宏『「社会」の誕生』

なにせ絶版本などの入手難度が高い本は、電子書籍で手軽に購入ができるし、発売日当日の午前零時つまりあらかたの書店が微睡んでいる最中にもダウンロードができる。ま、速く読んだから凄いとか偉いとかは全く無いのだけど。いつ、どんな時に読んでも古びないからこそ本には価値があるわけで。

一方で、絶版本となると紙の本は古本に頼るしかない。

古本業界はしんどい。その業界を食い潰したブックオフも相当しんどくなっている。なんだよ家電って。ハードオフか。

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けれども、電子書籍は友人知人間で貸し借りが気楽にできないデメリットはある。

端末自体を差し出さないといけないから、性癖全開アルバムを他人に渡すことになる。

それによって「それまで」と「これから」が変容するかもしれない。耐えて生きるしかない。

ただ、持ち運びは圧倒的にアドバンテージでもある。

それと対照的に紙の本は場所をやたらと蝕む。ありのままの収集癖、物欲がスペースを侵す。

しかしだからこそ積読を愛でること、理路整然と本棚に収納された本を愛撫して、リビドーなる言葉を囁くことができる。

 

 

今以上に本なんて読まないかもしれない。それはそれで知らんが。

これから読書は――読書自体が物珍しい奇天烈な趣味になっている――紙の本から触れるのではなく電子書籍から開始する人たちが沢山出てくるだろう。

紙の本がそもそも駆逐されてこの世から無くなるとは思えないが、衡量的な意味で変化していく時の流れにおいて、電子書籍に触れる機会というのは日常化するはずである。

その時、純粋無垢な電子書籍チルドレンが、好奇心的に敢えて紙の本に触れた際にはどう思うのだろうか。

読み難いとなるのか、読み易いとなるのか。

私は、電子書籍は使い難いと思うし、現状の見開きに対して致命的な欠陥構造であると思う。

しかし、改善されてベターとなった場合、電子チルドレンは何を想うのだろうか。

具体的な作品名を挙げるのはネタを割ることになるので控えるが、泡坂妻夫の某作とか電子書籍のフォーマットでどうしているのかって。

未来の読書家よ、『書を捨てよ、町へ出よう』*1