同人誌を作った人間、作っていない人間
2017年12月24日。クリスマス・イブ。
聖夜前日に友人が言っていた。
「世の中には2種類の人間がいる。同人誌を出したことがある人間と出したことがない人間だ」
昨年、実は初めて同人誌を買った。
長らく愛読していたブロガーさんが纏めた文芸評論集を委託販売先のサイトから通販で購入したからだ。
販売当日にブロガーさんに感謝と応援の意を示すために販売会場に足を運ぶことも考えたのだけど、その頃は諸事情で身動きが取れず。
有名なユーチューバーである私はストーカーに悩まされており、その日は軟禁状態に陥っていたからだ。2年前から地下の強制労働施設に送り込まれ、細やかな給料で電子レンジでチンした焼鳥(タレばかりで塩が恋しい)とスーパードライに飲まれる日々。
そんなありふれた細やかな日常をぶち壊したのがストーカーのあの子だった。
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同人誌のクオリティは凄かった。
ややチープな作りであるにしても、内容はやはり流石で。
愛読していたブロガーさんの評論はWebで読み慣れたはずだったのに、活字となるとこれまた違う。考察の鋭さと奥深さといった内容のブラッシュアップや追加コンテンツがあるのは置いといても、やっぱり活字は良い。
ブログで長年積み上げていた評論としてのストーリー性、論じる対象へのリスペクトと資料の真摯なチェックが小まめだった。どれか一つ大きく零れてしまえば、作品として矮小化してしまっていただろう。
あくまでも執筆当時は憶測、推測の域を出ないであろう考察の部分が、実質的だったことが後日判明した経緯もあり、書き手としての手練れさに慄いた。
とても刺激になった。良いエネルギーを貰った。
ぼんやりと自分も来年は何か書いてみようかなと考えるくらいに。
ストックは辛うじてある。物になるかどうかの見極めは曖昧だけど。
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博覧強記に憧れていた。
敬愛している作家はまさにそれで、天才のイメージ(理想)と秀才のイメージ(現実)の間を揺れているように掴みどころの無い人で。
圧倒的な知識量と愛おしい稚気と皮肉。
自分には無いものだらけ。
憧れ、羨望、嫉妬が入り込む余地が無いまでの絶望が入り混じるような感覚を突き付けられている。
自分なりにアンテナを背伸びしながら高く張って努めてみても、何にはしても「分からない」ことが「分かる」。
掴めそうで近付いたらどんどん離れていく際限の無さ。何かを学ぶにしても、学んでいくことでの孤独というのは虚しいのが分かってきた。このような寂しさと隣り合わせになるのがアカデミックな人の宿命になるのだろう。
私はその孤独との接近を羨ましいような気持ち悪いような。アカデミシャン的気質というのは、先天的なのか後天的なのかという興味は尽きないけど。
勉強というものはいつ始めてもいいし、いつやめてもいいもの。
私は逃げるのが得意なので、適当に始めて適当に終えるのを断続的に過ごしてきた。
そのようなこともあって断片的な情報だらけになってしまったのも悩みの種で。その隙間を補強するための情報が不足している。
情報の枝葉が鬱蒼と茂っているのを眺めながら「壮観だな」と独り言ちる。
情報を獲得する為に文献や資料を漁ると、その中でも不足している部分と向き合うことになる。
それが果てしなく続く。
同人誌を作ることになれば、情報の隙間と隙間を埋める作業が日常的になるだろう。習得するために遠ざけてきた事実と対面せざるを得ない。脳髄が痺れたまま、倦怠感に苛まれるかもしれない。
どこで妥協するか?しないか?
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面倒臭い面倒臭いと言いながらも妥協ができない。
きっとどこかに線があると信じて突き詰める。
そんな人になりたいと願う。逃げてきた人間だから。
同人誌を作ることは弱さと向き合うことになるのかもしれない。
聖夜前日、友人が教えてくれた。
そこまでの意味があったのか知らない。私が勝手に汲み取っただけなんだけど。
口下手か友よ。