AI住宅の台頭 相対化される価値の見直し
中国政府はAIの発展を重視していて、昨年に世界スマート大会が天津市で行われたことには意義があったと思う。
天津市は直轄市の一つで、軽工業、機械電機、化学工業などが盛んな総合産業都市である。天津市は中国の近代の工業の発祥地でもあるから、開催地としては妥当だったと言えるだろう。
近年、人工知能が世界を賑わせている。
AI碁やAI小説執筆などの文化ニュースによって、AIの進化を実感する日々が続いている。AIを取り扱ったドキュメントをテレビで放映されていることもしばしばだ。それに伴って「IoT」という言葉を耳にするようになった。
IoTは、モノそのものに通信機能を持たせて、インターネットに接続したり相互の通信を可能とすることで、自動認識や自動制御、遠隔計測などを行うことを言う。家電量販店で目立つスマート家電もIoTと関連がある。一例としてスマートフォンなどで遠隔操作できるエアコンが登場していることも関係している。
人工知能なので、自ら学習し、ユーザーにとって快適な状況を作り出してくれる技術である。
それらを駆使したものが住宅の領域に入っている。上記のように天津市が表明したAI住宅である。AI住宅と同じ意味を含むものとして、スマートタウンやスマートシティといった言葉がある。
スマートタウンとは、最新の技術を組み合わせてエネルギーを有効に活用する次世代の街のこと。つまり、IoTの先端技術を用いて基礎インフラと生活インフラ・サービスを効率的に管理・運営。環境に配慮しながら、人々の生活の質を高め、継続的な経済発展を目的とした新しい都市で、2014年にオバマ元大統領が投資を行うと発表したスマートグリッドの活用によるまちづくりの指針を示してから活発になっている事業である。
中国よりも先駆者として日本の神奈川県藤沢市では、2014年の春にエコで快適な街づくりをコンセプトにしたスマートタウンが誕生した。
600戸の戸建て住宅と400戸の集合住宅、商業施設、自治会館、健康福祉教育施設、物流拠点が建ち並ぶ街は2018年度に完成すると言われている。この計画の主導はパナソニックによるもので、住宅は太陽光発電設備と蓄電池を備え、住民には電気自動車や電動アシスト自転車を共同で使えるサービスを提供するなど、省エネに配慮した街づくりが計画されている。
また、パナソニックはAI住宅を世界展開するために、アメリカのIBMと提携している。両社は共同で新サービスの開発に取り組み、ドイツのベルリン南東部で2017年に着工、18年末に完成する予定である。
日本以外にもアメリカでは既にサービスが始まっている。IoTAI住宅の月額サービスは、AIならではの自ら学習する機能を実装することで、より快適な空間の追及が目指せる利点がある。
例えばエアコンの場合は、センサーで集めたデータを使って利用者の癖を蓄積。1日の内にユーザーが使用していたモードや設定温度の変化データを分析し、ユーザーの癖を学習することで空調を調節。また、高性能なカメラが搭載された防犯カメラとIBMのAIとの連携により、AIにユーザーや知人の顔を認識・記憶させ、不審者を察知し、通報するといった能力を高めるとも発表された。
上記の例のように、中国のAI住宅サービスは天津市から広がっていくことだろう。近代工業の発祥の地から最新科学技術の代表格であるAIが発展していくことになるのは必然だったのかもしれない。次に未来型住居の筆頭のAI住宅の具体的な効能について触れる。
AI住宅の効果には様々な期待が集まっている。すべての住宅に搭載されているシステムのひとつにHEMS(ホームエネルギー管理システム)がある。
このHEMSとは、エネルギーを効率よく利用するために家で使う電気をコントロールするシステム。前述のようにエアコンなどの家電製品を自動制御するだけでなく、電気使用量も数字で「見える化」する。住宅すべてに搭載されたスマートテレビとタブレット端末を見れば、リアルタイムで太陽光発電の発電量や電力消費量が分かるようになっており、さらにHEMSは管理会社のサーバーとも繋がっている。
このリンク性によって管理会社は各家庭のデータを基に毎月レポートを送り、電気の使い過ぎや効率の良い使い方をアドバイスし、住民の省エネをサポートも可能だ。太陽光発電などを駆使して自分たちで使うエネルギーはできる限り自分たちの家で作り、電気を上手く使い分け、余剰電力を自動的に売電するシステムの構築もある。太陽光発電システムと蓄電池が標準装備されている戸建て住宅では、災害が起きた時に電力を自家消費する自立運転に切り替えられる。住宅によっては、太陽光発電と燃料電池のエネファームが備わったダブル発電タイプもあり、より安定した電力の供給ができ、災害への対策も練られている。
これらのエネルギー変換によって二酸化炭素削減が期待できる。中国やアメリカなどの経済大国にとって二酸化炭素削減は付き纏うテーマである。近年の地球温暖化問題からエコの呼び掛けが盛んなのは周知の事実だろう。これらが新たな対策としてAI住宅が期待されているのも頷けると思う。このような低炭素化への大きな期待の中で、再生可能エネルギーの導入や拡大、エネルギーの利用効率の向上による新しい都市産業が生まれようとしている。
また、国レベルから個人の住居レベルでいえば、ピークカットの実現やタウン・ポータルでスマートフォンやパソコンを含めて、地域やエネルギー情報と繋がることできる。そのために地域とのスマートコミュニティによる交流も生まれるだろう。回覧板といった地域の情報共有もいずれはデジタルコンテンツ化していく流れに乗っかると思う。
さらに防犯・防災サポートがある。マンションの共用部に設置されたデジタルサイネージを通じて、地域の気象情報や近隣鉄道の交通情報などを提供する。重要な防犯・防災情報は、それを表示するように画面が自動で切り替わるようになり、情報交換が密になる。防犯情報の高度化が進めば、知人友人と不審者の区別が容易に付くので、子どもの通学などの安全に展開されていくだろう。
AIと切っても切れない分野になっていくであろうものにロボットの存在がある。
バリアフリーの観点や福祉サービスから、高齢者などの介護においてロボットの活用が始まろうとしている。高齢者の会話の相手として、痴呆症などの予防の目的などの効果が期待されている。それだけに留まらず、住まいの中にも導入されることで新たなコミュニケーションとなることも想定されている。
近未来を描いたSF映画で当然のように家庭ロボットが登場するが、フィクションの中で展開されていた世界が現実に近付いている。
HEMSといったエネルギー管理システムが住宅と街を結ぶだけではなく、家やクルマなどの生活インフラや電気・ガス・水道などの基礎インフラという都市全体がインターネットで繋がることで、効率的な都市の管理ができ行政サービスの向上も見込まれる。
そして、この流れは多くのビジネスチャンスが生まれるため、経済も発展していく。
今やGDP2位の中国にAI住宅事業が定着すれば、よりアメリカとの差を詰めていくことも可能になるだろう。世界中で人口増加とエネルギー資源の枯渇が差し迫っている昨今で、先進国の経済大国にAI住宅事業が展開されていけば、地球環境の保全と能率性が格段に向上することに繋がるので、環境問題への提示にもなるはずである。エネルギー資源と経済のより良い循環が発生するかもしれない。
今となっては「デジタルと人間」、「人工知能と人間」の二項対立で語られることの多いAI案件をニュースとして捉えることが多いと思う。
特にAIというと、シンギュラリティといった好奇と不安のイメージである。
個人的に、類似した二項対立として「紙の本と電子書籍」がある。これらは沢山取り上げられてきたはずで、電子書籍の登場によって紙の本は相対化され、価値の見直しが行われた経緯がある。グーテンベルクの活版印刷技術から紙の本の時代が始まり、今は電子書籍やオンラインストアの波に押されている現状である。
私はデジタル技術によって紙の本の価値の再認識や再発見が進んだと思う。これらと同じように、人工知能を通して人間の価値や存在が見つめ直されていくことだろう。
AI住宅は最新のテクノロジーで、住まいとしては革新的である。
人間が快適に過ごす空間は誰しもが欲するものだ。利便性が正しいというフィルターが掛かり易いが、「人間の本質とは何なのか」や「住まいとは何なのか」という観点が欠落していくのはよくないだろう。
「空間と人間」に入り込んでいくことになったAIが、世界をどのように変えていくのか。最先端として中国やアメリカや日本が牽引していく。AI住宅の展開は人間の生活を変えるはずだ。一抹の不安はある一方で、やはり期待は大きい。
参考文献
波形 克彦、小林 勇治 2016年 『地方創生とエネルギーミックス』 同友館