おおたまラジオ

別にいいじゃない、鍵ぐらい

深夜に一人でこっそりと『おおたまラジオ』番外編

インターネットラジオ「おおたまラジオ」が始まります - フトボル男

まだ、本編の第一回が行われていないのにまさかの番外編!?ということで、一人でしゃしゃりでた。

もう一人の担当者のえる・ろこさんには内緒で深夜にしっぽりと。

初めてツイキャスで一人喋りをしたが、これが大変。

具体的に被害に遭っていないけど、具体的な被害者面したくなるくらいに。

人の相槌がないと、これだけ不安になるとは!そりゃあ、ラジオは放送作家を同伴させるわって。

内容は、テレビ好きの私がテレビについて話すだけの30分。

主に日テレとフジテレビのコンテンツついて。

ラジオ本編では喋りきれなかった内容の補足として

フジテレビの黄金時代のお祭り感、内輪感、楽屋ゴシップの狂喜乱舞っぷりは、インターネットに移行してしまっている。

ニコ生なんてそれだ。

参加者は匿名性、半匿名性で誰もが参入と退出が許可されている。

テレビはタレント性、実力性が物を言う強者の世界というよりも、インターネットは弱者でも(最初は)自由で平等な世界だ。

完全にインターネットがテレビを駆逐したわけでもないが、完全にオワコンの道中であることに疑いはない。

勿論、テレビ好きの一人としては未だにテレビが持ちうるポテンシャルと力を信じている。

ネットで話題になることなんて、大体テレビから引っ張ってきた話題ばかり。

あくまでもテレビの情報の受け皿として、我々視聴者がお祭りをする会場としてインターネットが機能しているだけだ。

かつて、テレビの世界は華やかでお祭りだった。そこへの憧れや夢を抱いた人は多いと思う。

しかし、今となってテレビの彼らが演出して作り出したお祭りという虚構性に対して、以前では私たちは参加できない寂しさや虚しさを受け止めるだけしかなかったが、現実としてそれだけではなくなった。

それらを肴にして勝手に独自にお祭りを補強できる時代となった。

自分たちでもお祭りを主催できる、体験できる回路を持ててしまった。

テレビに昔のような華やかさを感じないだろう。決して自分たちが参加できないお祭りほど、冷めるものはないのだから。

毒にもならない退屈なテレビが増えたのも事実であるし、偶々チャンネルを回した時にそれらとエンカウントする率は高まっていると思う。

それだからこそ、テレビはオワコンだと言われてしまう。

ただ、それでも面白い番組は「まだ少し」はあると言いたかった。

「終わりのはじまり」が囁かれる中、帰宅してとりあえずテレビを点ける世代以降、テレビをそもそも持たない/見ない世代がメインになった時、本当の真価が問われるだろう。

現状の後退を、それまで強度を保持できているかは定かではないにしても、一人のテレビ好きとして思うことは「動き出した砂時計をどのように止めるのか」みたいな魔法があるかどうか。

無いと思うからこそ魔法であると定義するならば、この<先>が見えてしまいがちな問いに対して、私が未だに信じる気持ちを抱いているテレビの世界が提示出来たなら、それは魔法と呼んでいいと思う。

テレビってオワコンなのか

 

 

フジテレビはなぜ凋落したのか (新潮新書)

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