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ぼくはいったいなにから逃げているのか?

米澤穂信『春期限定いちごタルト事件』読書感想

 

春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)

春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)

 

 

〝小市民〟という目的を持つ探偵役が遠回りをしつつも、消極的に絡む構図が微笑ましい。

「羊の着ぐるみ」は、不自然な行動を上手くカモフラージュしている点がよく出来ている。そこから発想を展開していく流れもスムーズ。2人の関係性を端的に表現することに適した短編としての役割もきちんと担っている。

「For your eyes only」、これはやはり強烈なオチ。この容赦のない後味こそが米澤節だと感じることも。

「おいしいココアの作り方」のスクラップアンドビルトは、ただの着想と破棄の繰り返しだけではなく、問題の捉え直しが強調されている所がポイント。「どのようにココアを作ったのか」という日常の謎の中でも比較的取っ付き易い状況を演出している所が良い。真相もミスディレクションが効いており、人物の行動に沿ったものだという説得力があるのが素晴らしい。

「はらふくるるわざ」はミステリとしては甘々だが、2人の関係性を問うものとしては興味深い。2人の深層心理と行方に一石を投じる作品になっているという意味では、今後を占う重要な分岐点になっている。

「狐狼の心」で、『春期限定いちごタルト事件』の結末に相応しいストーリーが展開。〝小市民〟への欲求と二面性が露わになる作品。連作短編の味もあり、着眼点の聡明さもあり、推理が連なる様が気持ちいい。「自転車を乗り捨てた」理由から導き出される真相が痒いところに落ちる感覚もありと満足な一篇。小市民シリーズの出だし、そして先行きを予感させるものとして、これ以上に相応しいスタートはないのではないだろうか。